さとびこ編集室日記|100年住みたいのは自然にも人にもやさしい地域

100年住み続けたい奈良のための地域づくりマガジン「さとびごころ」を編集している「さとびこ編集室」からみなさんへ。 編集発行に関するお知らせや情報、編集部の思いなどをお伝えしています。

カテゴリ: 地域を元気にする取り組み

今日はクリスマスイブ。
というわけで、先日、別枠でご報告しますとお伝えしたクリスマスコンサートのお話です。

編集長の個人的な活動範囲のことで、さとびとは直接関係のない企画でしたが、 
上北山村という所は、またいつか必ず取り上げたい 村ですので
直接の担当ではなかったのでしたが、バックナンバーで獣害を取り上げたとき、この村を紹介したことのありますよ
広い意味ではさとびの「日頃の行い」という意識で臨みました。

上北山村をご存知 ですか。
奈良県の中では南東部、紀伊半島の中で見てみると三重県に接しています。
奈良県上北山村

紀伊半島上北山村

面積は広く(奈良県で2番目)、人口は少なく(約500人)。
編集部のある奈良市からは、吉野町を超え、林業で有名な川上村を超えると上北山村です。
奈良県民といえども、何か縁がないとめったに行かない場所かもしれません。初めての人は、山また山が続く道を運転するのが大変だったと言います(笑)。

昔は林業で栄え(江戸時代は幕府に御用材を供給)ましたが、地理的に見ても想像できるとおり、木材は熊野川を通じて新宮へ運ばれましたので、これも奈良市周辺で暮らしているとなかなか知られる機会が少ないことかも。日本100名山にも選ばれている大台ケ原(標高1695.1m)があり、登山をされる方には有名です。今年は中止になりましたが、「ヒルクライム大台ケ原since2001」という、自転車レースには800名が集まるとか。でも、普段は静かな静かな山里です。

わたしたちはこの近辺を通るときは、この村にある「道の駅吉野上北山」には必ずといっていいほど休憩に立ち寄ります。最近、この村にも、さとびを定期購入してくださるようになった方があります。また、この秋にはおばあちゃんの家に里帰りしたような気持ちになれる民宿100年にもお邪魔しました(こちらも、定期購読していただきました!ありがとうございます)。そうそう、ここを見学させていただいたことも。。。→「下北山村の隣、上北山村。宿泊施設ができてます。」
しかし、まだまだ村の方との接点は少ないですので、もっと上北山にも行きたいなあと思います。。。。


この道の駅のすぐ近くに、今年新たにリニューアルオープンしたホテル フォレストかみきた があります。ヒルクライムでこの村を訪れる人を想定されてか、各部屋にマイ自転車を収納するホルダーが設置されております(実際に宿泊してみたところ、各部屋がビップルームのように広くてびっくり)。

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晩御飯は食べきれないくらいの量でした。
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ここの温泉がとても気持ちよく(おニューなので美しいのに加えてお湯の質も薬湯と呼ばれるだけあって癒されます。さらに、ゆったりと空いているのが格別の魅力!)、通りすがりのわたしたちでも入浴できるので、しばしば利用させてもらっています。村の方たちもよく利用されているようです。



このホテルで「コンサートをさせていただけないか」と企画をご提案したところ、一般社団法人ツーリズムかみきたの遠藤さんがOKしてくださり、今月13日に実現しました。コロナのご時世ですので、感染防止対策をしっかりと。何でもかんでも中止、中止ではなく、実現できたことが有り難かったです。


この村出身の、とても歌声のきれいな女性=しのちゃんのふるさとで、クリスマスコンサートを。という趣旨でした。いっしょに出演するバンドメンバーも、ライブできる機会を得られて喜んでくれました。

さてしかし、村の人は聞きに来てくださるのだろうか、、、と思っていましたが、
意外にも(笑)満席御礼。90歳の男性は、「しのちゃんが小学生だったときの学校の先生だったんだよ」という方。80歳代の女性は、「この部屋(コンサートが行われた地下1階の部屋)は、昔カラオケができたんよ。ここに来て、みんなで集まるのが本当に楽しかった」と懐かしんでくださいました。
ホテルのスタッフの方も、どうぞお聞きくださいとお招きしましたので、いっしょに聞いてくださったようです。

「しのちゃんの歌がききたい」とお思いの方が、村の人口から考えてかなり高い比率でいらっしゃったのですね。村には、当然ながらライブハウスはありません。地元出身の歌姫の声をライブでご提供できたことが、ささやかな貢献になったとしたら嬉しいことです。 お礼に、地元の柿の葉寿司メーカー「いざさ」の柿の葉寿司を差し入れてくださった方も。。。美味しくいただきました。ありがとうございました。


 

コンサート企画を通じて、村と少しだけ接点をいただけたことが嬉しい1日となりました。
しのちゃんは、「村の人は恥ずかしがり。目立つことを好まない」と言います。そんな、恥ずかしがりの村の人たちと、もしも心の通じ合うようなご縁が生まれたら。今は、そんなことを夢みています。

いつか上北山村の記事がさとびに載る日をイメージしつつ。


最後に当日の思い出フォトから。
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お世話になりました。ありがとうございました。(中央は遠藤さん)
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38号のご紹介の途中ですが、九州に行ってきました。

福岡、熊本、鹿児島。

個人的な意味でいうと、早めの「夏休み」 ですが
さとび的な見聞を広める旅でもありました。
簡単にご報告します。(長く書けば、いくらでも長くなりそうなので)

福岡県、筑後川沿いにある うきは市の「大石堰」 という堰を見ました。
http://welcome-ukiha.jp/tourist/no/000020

大石堰

江戸時代、この地域は筑後川がすぐ近くを流れているにも関わらず、土地が高くて水を引くことができないため農民は水不足に苦しんでいました。そこで5人の庄屋さんが、藩に掛け合い、自分たちで命がけで工事を行い、筑後川から水を引くためにこの堰を築いた場所です。

川と住民との命がけのつながりを感じたくて、行ってきました。「このへんかなあ???」と尋ねると、たまたま地元の方らしきおじさんがいました。連れ(夫ですが)がお声をおかけしたのがきっかけで、私たちが興味を持っていると感じるや、次々と訪ねるべきスポットを軽トラで案内してくださるのでした。その颯爽たる決断と行動力、、、、この方、どんな人??

現代のうきは市には、この江戸時代に始まる水路(水害で元の堰は残っておらず、350年経った今では現代風に改良され大石堰になっています)が、町中に伸びており、2000丁歩の農地を潤しています。広々とした田んぼに、稲が青々と育っていました。近世の立派な町並みが残る通りを案内していただくと、後にこの地域が豊かに発展していったことが伝わってきました。

なんということでしょう。

最後に案内されたのは、大石堰土地改良区。地元の農家さんがお金を出し合って組織されており、水管理を行っています。おじさんは、その事務局長さんだったのでした。

さとびごころ38号 をプレゼントし(読んでもらえるかは謎ですが)、感謝を申し上げると
貴重な本をいただきました。「まあ、こいつらには読ませたろうか」と、思ってもらえたのかと解釈し、とても嬉しくなりました。

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これは明治36年に筑後川流域の農家に生まれ、東京帝国大学を経て福岡日日新聞に入社された林逸馬という方が、太平洋戦争の只中に当たる昭和17年に発刊された「筑後川」という本が原本です。それを、昭和17年生まれ、八幡製鉄に入社され新日鉄の関連会社の社長等を務められた三浦俊明さんが、現代文にリライトされたものでした。

500ページにわたる本で、まだ通読はできていませんが、自分たちの地域を自分たちでなんとかする、しかも自分一人のためではなく、自分も地域も救われるために大決断をした先人の取り組みについて知ることができそうです。軽トラについて行っては写真を撮って回った思い出とともに、ゆっくりと読ませていただきます。大石堰土地改良区事務局長、佐々木良友さま、ありがとうございました。

うわ、やはり長くなりそうです。次は、「竹組」」という竹林整備をビジネス化しようとしている会社を見学に。つづく



 
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