さとびこ編集室日記|100年住みたいのは自然にも人にもやさしい地域

100年住み続けたい奈良のための地域づくりマガジン「さとびごころ」を編集している「さとびこ編集室」からみなさんへ。 編集発行に関するお知らせや情報、編集部の思いなどをお伝えしています。

カテゴリ: あなんの雑談

vol.45のご紹介の途中ではございますが、先日、見学に行った高槻バイオチャーエネルギー研究所の島田勇巳さんが、雑誌「季刊地域」に寄稿されていましたので、紹介させてください
(気になっているのですよ、炭の件。。。つい先日もクロボク土のことも書いたばかりです)。


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 「誰もが炭焼きを事業化できるしくみをつくる」ために製炭業をされています。
島田さんがどんなものを開発されているのか、とくと説明されており、当ブログではお伝えできていないことがしっかり載っています。炭にぴぴぴと来る方はご一読をおすすめします。

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燃やせば灰、燻せば炭。

今日もわたしのタイムラインには竹害に悩む人のコメントがありました。
害から益へ、転換できるといいですよね。
竹炭は木炭よりも4倍の効果があるそうです。
…… 炭化はいかがでしょうか。。。 




奈良でも炭プラントを導入する話が一つ、二つ、聞こえてきています。
実際に導入されたならば、 ぜひお話をうかがい、いつかご紹介できればと思っています。
(どんなライターさんにお願いしたらいいかしら、、、)




 

しばらくは、炭と聞くと反応してしまいそう。


こちらでも、書いていますが長いですからお時間のあるときにどうぞ。 












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さとびの活動は、「さとびのような雑誌を読みたいと意思表示してくださるのは
いったいどんな方なのか?」という謎解きをするかのようです。 
これからは、今まで以上に読者の方、サポーターの方を訪ねて回るようなことにも
力を入れていきたいと思っています。

それができる環境が整いました。
新しい部員の参加です。
 
春からの新入部員

阿南雅昭と申します。まあ、あれですね、身近な人たちには「どこが新しいの?」と言われそうですが、あらためまして、さとび活動を頑張ると所信表明しております。この人が、長距離運転をものともせず、脳内にグーグルマップがしこまれているかのように道がわかり、「ここへ行きたい」と言いますと、ピタリと連れて行ってくれるのです。
(わたくしは、とうとうペーパードライバーのまま終わりそう。運転は全くダメ)

 

新入部員は、春から晴れて自由人となりました。


 

仕事のうえでもさとびのうえでも、一緒に汗をかいてくれます。
相手のプロジェクトには互いに協力する仲間です。
阿南家食堂の隊長です。
釣りバカです。
みなさん、どうぞ宜しくお願いします。


追伸


さとびの話が通じる人が増えたら楽しいなあと常々思っています。
あなたの近くにいらっしゃる「さとび的」な方に、しれっと本誌の口コミしてくださいますようお願い申し上げます。 



  

  




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3月もとうとう最後を迎えました。
2021年になってから早くも3ヶ月が終了したのです。
新生編集部になってから3年と3ヶ月。
企画編集だけでなく、「読んでいただく努力」もしていかなくてはなりません。
ライターさんが筆を振るってくださっているのですから、もったいないです。

まだまだ努力が足りない、と自覚していることのひとつが、このブログ。
実は、どこにもシェアしていませんでした。

え?このご時世に???はい。

それでも、一定の人たちが訪れてくださっていますから不思議です。
何かのはずみで見つけてくださったのでしょう。
ありがとうございます。まさかのそれに備えて書いているようなものです。

さとびは、大変な少部数発行マガジンなのですが、
こんな読みもので繋がることができる人たちが、実はもう少し
いらっしゃるのではないか。伝える努力が足りないのではないか。
それには、シェアくらいしなくてはならないのではないか。

……ということは、他のスタッフからも、注意されています。

シェアしてこなかったその理由は、実は恥ずかしいからです。
(と、書くこと自体が恥ずかしい)

この「恥ずかしい壁」をよじ登り、4月からシェアします。

え、なんだ、今日からじゃないの?

ええ、そうなんです。自分にいささかの猶予を与えました。
そして4月と決めたら、逃げないで済むような気がしまして。。。
ですから、これがシェアしない最後の投稿になります。

とりとめのないことも多々書いて(それは苦にならないんですけど)しまっておりますが
お茶するような感覚で読んでいただけたらと願います。
「自然にも人にもやさしい化」をいっしょにイメージしてください。お願いします。 
そして、さとびの存在を知っていただく何かのきっかけになりますことを願います。
自分が恥ずかしいことなんて、どうでもいいはずです!
さとびのためです!(ためになるのか?) 

「します」と書いてしまいましたので、おそらくシェアできると思います。し、します。
(汗が出てきました) 

  
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カフェ

(本文とは直接関係ありませんが、素敵なお店の写真)

最近思いついたことですが、
2018年から本格的に阿南セイコ責任編集のもと
「自然にも人にもやさしいとは何か」を問いながら発行してきたさとびごころ、
それ以前のベースがあってのことですが、この間にいろんな出会いがあり、経験もありました。
それら全てを掲載することは紙面の都合からも無理があり
選びに選んで記事にしているわけですが、
「載せきれなかったけれど、あんなこともある、こんなこともある」
という思いはいつもあります。

また、読者の方は全ページはお読みでない場合が多い、ということもあります。
雑誌の宿命といいますか、好きなところだけ読んでいただければいいので
それでいいのですが、読まれないページというのは
「関心が薄い」テーマなんでしょうと思われます。
ところが、ちょっと話を聞くと「やっぱり読んでみようかな」と
なりますよね。なりませんか?

わたしでわかる範囲であれば、なんでもお話します。
奈良県内と「だいたい奈良県」であれば、どこでも参ります。無料です。

あなたにお会いしたい。わたしを呼んでくださいませんか?

一応、簡単なルールを設定します。


・お申し込みは定期購読者様・サポーター様でいらっしゃること(理由は下記)
・最少人数は1人(本気です)から最大5〜6人程度まで。(誰もアウェイにならない規模)
・場所は、カフェなど、応募者様でご指定ください。またはご相談。
・話題は、リクエストにお答えします。
例 「何号のあの話、余談を聞きたい」など。
特になければ、こちらで用意いたします。
・開催日は、ご予約の上で決めましょう。1ヶ月後くらいを目安にお願いします。
・時間は、2時間程度(雑談込みの目安として)
・ズームなどの配信はしません。その日、その時だけの時間を大切にします。 


<応募していただく人を限定する理由>
いつも購読していただいている方に感謝を表明する機会とさせていただきたいこと。
読者でなければ通じない言葉や話題が出てくるため。
ご参加くださる方は、どなたでもどうぞ。(わかりにくいことはその場でおききくださいね)
会のお申し込みは読者様で。
慣れてきましたら、このルールは変えていくかもしれませんが、当面のところ、宜しくお願いします。

<ゲストをお招きしてのお話会の場に発展していっても面白いかもしれませんね>
記事に登場するその人とお会いする場を設定、なんてどうでしょう。わたしからお願いしてみますよ。その場合は、人数枠を増やします。せっかくゲストに来ていただくのに、もったいないですから。。。それでも、10人か20人以内の規模感で考えています。ゲストの方へのお礼として、いくらかの料金制になるかもしれません。これは、その時がきたら決めようと思います。

<参考までに、思いつくテーマとしては>
・縄文時代とわたしたち
・森と人はつながっているのか
・川は生きている
・有機栽培農家を応援するには
・奈良の地酒あれこれ物語
・素晴らしい土の話
・畑活ことはじめ体験談
・阿南セイコが人を褒める話
・身の丈しごとを考える
・その他、当然ながら2018年以降のバックナンバーに出てきたことすべて


本誌はワンストップで制作しているため、「そのページはわたし、よくわからないんです」ということが、ございません。一つの記事を作るには、それなりに調べますので知識も増えます。けれど、学者ではございませんので、よもやま話として楽しんでください。

「さとびこお話会」のお問い合わせ・お申し込みは



 

みなさまとつながれますように。
お待ちしています!


さとびこ編集室 阿南セイコより




 

 


 
 
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嬉しいことがありましたので、投稿させてください。

親子ともども読者になってくださっている方がいます。
息子さんのほうから、「実家に帰ったら、、、これ見てください」とメッセージが届きました。
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お母様が壁にさとびごころを。。。。飾ってくださっているではありませんか。

しみじみ、嬉しいです。
これに力をいただいて、春号の準備、頑張ります。
ありがとうございました! 
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地方をテーマにした雑誌で全国の読者から愛されている「カガリ火」。

197号が届き、読んでいくうちに、休刊という言葉が飛び込んできて、目を疑いました。
けれどよく読んでみると、あと数回の発刊でやはり休刊とのことでした(P43)。

カガリ火197号目次
カガリ火 http://www.kagaribi.co.jp/index.html

本誌の紹介を載せていただいたこともありますし、
本誌に登場している方が取材されたり執筆されたりもありました。





もしかしたら、(過去にそうだったように)「やっぱり続けることになった」
というふうになるのではという思いもあります。
(やめてはいけない、という多くの声に支えられ復活されました)
けれど、カガリ火さんがお決めになったことを尊重したい気持ちも。

これからも到着を楽しみにしつつ、
購読期限がきたらちゃんと支払いをして(笑)
待ちたいと思います。





自分ごとに置き換えてみると。



わたしもやめる時は自分でやめるのがわたしらしいかなあ。
いつかはそんな日も来るのかなあと。
そのときは、カガリ火さんのように、惜しまれたい。。。 
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二人の師匠

3月1日のこと。あまごの解禁日でした。
渓流釣りの好きな人な編集部員がいまして、
下北山村へ前の晩から泊まり込み、早朝から川へでかけていきました。

事前に村で手分けして、あまごを放流してあるんですね。

好き者たちは、そこへ出向いて釣りますが、
簡単にはいかない。
目の前に、たくさん泳いでいるのに、全然釣れない。
この日の釣果は寂しい結果となりました。
(わたしは釣りませんが)

村には釣りのK師匠がいます。
そこに、カメラのT師匠(週末フォレスターです)も合流。
さとびこつながりで記念撮影(Kくん、目を閉じてるところをアップしてごめん!)。

ちなみに、手にしているのは運良く当日手に入った鹿肉です。おみやげにいただきました。

さて、この日、釣れなかった言い訳とは別に
川の水が少ないという話が出ました。

川の水が少ないと警戒心の強いあまごは釣り人の気配を感じ取り、かかってくれないそうです。言い訳でしょ。
 
川で出会った村の知人(Wさん)の話では、
年間降雨量は減っていないそうです。
ただ、豪雨が増えたため、降るときと降らないときの差は開いていると。
雨水が一気に流れてしまい、川に残らないのでは。。
という話が出ていたそうです。

山に水が残りにくい?

しとしと降る雨が減り、降る時は豪雨。これは肌感覚でも感じます。

自然現象はコントロールできませんが、それに対応する方法は変えていけるはずなのですが
どうしたらいいのでしょう。手に負えないような感覚を覚えました。

あまごの釣果とは直接関係ないんですけど、、、 
田んぼダムのことや、大地の再生のことが浮かんできました。
田んぼに冠水させることで、洪水を緩和する。
大地に呼吸をとりもどすことで、コンクリートでせき止められた地下水のストレスを緩和する。


水を一箇所に捨てる考え方でなく、大地という土に還すという考え方を
山、村、町、都市、いろんな場面で取り入れられないかなあ。。。

  


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水田3

最近、雑談ばかりですみません。
雑談だったら書けるんですよ。

立派な文章は、さとびの執筆陣におまかせしております。
わたしは、雑談担当です(学識者ではございませず) 。
お気楽にお読みくだされば。。。 

今日はお米の話です。
日本人のお米の消費量が減っているという話をよく聞きますね。

過去50年で半減とのこと。たしかに、パンもパスタもラーメンも、みんな大好きで
お米だけを食べていた時代ではなくなっています。

我が家でもいろいろ食べます。けれど、「基本はお米」を大切にして、
意識してお米を食べたいなと思っています。

民族の文化と食べものはリンクしています。
日本人は海苔を食べますが、多くの外国では食べなかったとか。
(近年は SUSHIブームで人気だそうです) 
逆に言えば、日本食が消えたら日本人らしさも消えるんじゃないでしょうか。
稲作は弥生時代に日本にもたらされた、とかつて習いましたが
稲作そのものは縄文時代からありました。
ただ、水田ではなく、陸稲(焼畑)だったようです。
それも、いっきに水田化したのではなく、たしか中世くらいまでは
田んぼの中にまだらに水田と陸稲が混在している遺跡も見つかっています。
最古の稲作の証拠が、岡山県朝寝鼻貝塚で検出されたプラントオパール(約6000年前)です。
主食ではなかったかもしれませんが、縄文人もお米を食べていました。
それほど、お米と日本人のつながりは古いのです。 
(参考:「稲の日本史」佐藤洋一郎)
  

そんなお米の消費量が減る一方で、世界では「和食」が高く評価されています。
日本人が和食から離れて、欧米化した食生活ばかりになるのは、残念。
しかし、日本人って「何でも興味を持つ」ところも良いところだと思っていますので
食生活の多様化によって、お米以外の消費が増えるのも悪くはないのですが
お米から離れきってしまうのは、残念なのです。

ちなみに、同じように、日本語も大切にしたくて。
言葉の由来って、案外気にせずに暮らしていますが、特にやまとことばの意味や
ひらがなの意味を知っていくと、先人のものの考え方が詰まっていて
それが今もわたしたちを救ってくれているように思え、
どんなにカタカナが増えても、決して消えないようにしたいと思うのです。
それどころか、もうすこし勉強したほうがいい、日本人の自分でさえ。




みんながお米を食べると、田んぼが守られます。
田んぼというのは、水を貯める人口栽培装置で、食料生産という意味にとどまらず
災害の緩和や景観づくりや、生物多様性などのさまざまな恩恵を
もたらしてくれるものです。
それでいて、完全栄養食品を生んでくれるのですから、こんなにありがたいものはないなと。

災害の緩和のことは、本誌でも「田んぼダム」の記事の中で
農家のこせがれさんに語って頂いておりますので、ちょっとお読みくださいませ。

 
  

  
わたしの妄想としてましては、県民はまず県産のお米を食べるようにしたらどうかと思うのです。
食べることによって、環境が守られる。いい環境から食べ物が生まれる。
その恩恵を、そこに暮らす人が授かる。
よって、わたしもお米は知り合いの農家の方から直接購入しています。
だって、「日本人のコメの消費量が増えました!でも全部輸入品です!」
なんていう未来には、まったく魅力がないですもの。身土不二です。

 

こういうのも地域づくりなんじゃないかなーと。
こんなご縁を結べるのも、大都会ではなかなか無理ですよね。
地方の暮らしって、すばらしい。

 

そんなわけで、主食となるお米が生まれる田んぼについて、知ってるようで知らなかったような
ちょっと詳しいお話を、次号vol.45から連載していただくことにしました。

最近は、農的な体験を望む人が増えているようです。
田んぼが季節の移りかわりに伴って風景を変えていく意味を知るのも
心豊かにしてくれるのではと思います。

忙しい毎日であればこそ、ごはんと味噌汁。
一汁一菜のシンプルな食事でいい、体にもよくて、地域にもいい、
お米を食べる生活を楽しみたいと思います。 




   
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ここ最近、ぽかぽかしておりましてご機嫌です。
明日からまた寒くなるようですね。
それが最後の寒さになるといいなあ。

今日は、薬食同源でいきましょうというお話をさせてください。

医食同源という言葉はよく知られています。中国の古い言い伝えかと思いきや、
日本で作られた造語だそうです。 
もとになったのが、中国の薬食同源思想とのこと。



医食同源(いしょくどうげん)とは、日頃からバランスの取れた美味しい食事をとることで病気を予防し、治療しようとする考え方。
「医食同源」という言葉自体は中国の薬食同源思想から着想を得て、近年、日本で造語された。この言葉「医食同源」は発想の元になった中国へ逆輸入されている。
初出は1972年、NHKの料理番組『きょうの料理』の特集「40歳からの食事」において、臨床医・新居裕久が発表したもの(NHK「きょうの料理」同年9月号)。(wiki)

身の回りの、特に気をつけずに食べるものには
まあ例外なく食品添加物が入っていますし、野菜ですら
どんな農薬や化学肥料が使われているのが知るすべもなく、
1日でどれだけの化学物質を複合的に体に入れているものか
想像もつかないくらいです。
白米はだめ、砂糖はだめ、いろいろと、ダメだしされる食べ物もあります。
逆にミネラルをとろう、なんとか酸をとろう、というサプリメントの広告もあります。

ひとつひとつを細かく考えると
調べてばかりになってしまいそう。
だったら…、できるだけ本来に近いものを食べることが、
結局は安くて健康でいられるのではないでしょうか。
しかしですよ、実際、本物は価格が高いことが多く
毎日毎日全アイテムをそれにこだわるとするならば、「お金!お金!」になってしまいますね。

 

ですから、今特に病気もなく、普通に暮らせているのであれば
まずはそのことに「感謝!ラッキー!」と念じまして、
神経質になりすぎずに、普通に食べるとします。 
そのうえで、できる範囲で本物を部分的にでも取り入れませんか。
醤油、塩、味噌、お茶などの基礎的なものあたりからどうでしょうか。
特に、塩がおすすめです。減塩すべきは、いわゆる「NaCL」(普通の食塩・精製されています)でありまして、本来の塩は元気のもと!ミネラルを含む自然塩は不足しています。
ということは、本物の梅干しなんて、最高ですね。
それを「薬」だと思えば、なんて安いことでしょう。

高血圧の薬、糖尿病の薬、一度病気になってしまうと
一生にわたって薬代がかかります。それに払うよりも、
「おいしい、うれしい」食べものに一生使うほうがいいですよね。 



また、コロナを契機に暮らしを手作りすることに人気が高まってきていますので
味噌や野菜など、自分で作れるものは作るのもいいですね。
自分で食べるために、危ないものを入れる人はいませんから。

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体は、本来は健康になるほうに働くようにできているわけですよね。
人間だけでなく、全ての生きものは、生きようとしています。春になると、ベランダの植物も新しい芽を出してきます。
その方向性にそって、自分で自分を応援するのです。
「本物」は、生命力を持っていますので、「自分の体」に必要な成分を含んでいるはずです。
まるっと、そこを信頼して食べる。
生命力を阻害する要素のない本物を食べる。


ここまで加工食品や添加物が増えていなれば
単純にただ「食べること=健康づくり」になっていたはずなのですが…。
現代社会はすでに、こうなってしまいました。
いたしたかござません。これも、日本人が選んできた道。
ですけど、選んだものは変えることもできます。
少なくとも、自分のことは自分で変えることができます。

 

病院で処方される薬は症状を止めるためのもの。
その薬と同様にたちまちに「効く」わけではありませんが、薬事法を気にせず自分の自然治癒力を高めてくれる本物の食べ物を、日常的に食べる。何であれ、お気に入りのアイテムを本物にチェンジする。可能な限り、無理なく、アイテムを増やしていく。




なんだか、とてもいいことが待っていそうな気がします。
「病は気から」と言いますが、「健康も気から」だと思うんですよ。
「こんないいものを食べられて幸せだ。おいしい。嬉しい。感謝」 と、本気で思って食べるだけでも浄化効果があるそうです。これが一番の基本かもしれませんね。そして薬食同源感覚で、日々の食べ物のなかに「薬」を増やしていく。

だんだん、医者いらずに近づくと思いませんか?

さとびでも、暮らしの中の薬草について
取り上げてみたいと構想中です。 
 

  

  

  
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ぽかぽかした天気が続いたと思ったら
ここ数日は冷蔵庫の中にいるような寒さです。

もうすぐ、春らんまん。あと少し。

先日、縄文特集の話をしましたので少し続きをします。
興味のある方はおつきあいくだされば。。。


縄文時代は、いつどのように始まったのかという素朴なことを考えますと
日本列島の誕生と関係があるようですね。 
この点が死角になって、理解がぼんやりしていたことに気づきました。

歴史の時間に、「旧石器時代、新石器時代、縄文時代」のような
ことを習いましたけれど、そのときの地形や気候の変化がどうだったのかついては
あまり記憶にないと思いませんか?
(勉強熱心でなかったことがバレてますね)

日本列島は、もともと、「大陸の一部」だったのです。
びっくり。

次号で地質のことを特集しますけれども、執筆をお願いする人たちにとっては
1+1=2 くらい当たり前のことなのでしょうけれど
普段の生活でそんなことは考えていませんものね。

2万年前までは氷河期。このとき、列島はまだ大陸とつながっていました。
だから日本でもナウマンゾウが見つかったりしているのは、
陸続きだったからこそ。その獲物を追いかけて人間もやってきたはず。
大阪平野でも、闊歩していたそうです(『奈良県の縄文遺跡』)
  
巨大な獲物を石槍等で捕って食べる、、、なんとすごいことを。
食べるとは、生きるとは、過酷であったと思わざるを得ません。
当時は火山活動がさかんだったと言われています。
九州の旧石器人は火山噴火で死滅したとか。。
それでも、温泉の出る場所は、どんなに魅力的だったことでしょう。
ボイル料理ができるじゃないですか。
(ちなみに湯の峰温泉で作る温泉卵は我が家で人気。脱線しました)

ナウマンゾウの像。
野尻湖パーキングエリアナウマンゾウ
お借りしましたhttps://www.honda.co.jp/dog/highway/jyoshinetsu/kurohimenojiriko/down/

2万年前の地図

わかりやすいのでお借りしましたhttps://www.kiifudoki.wakayama-c.ed.jp/tenji/zyosetuten-kyuusekki.htm


時の流れとはすごいもので、縄文時代が始まる頃には温暖化したそうです。
大型獣は絶滅。日本列島は大陸から切り離されました。
さあ、どうするか。

このとき、海水が陸地まで入り込んできます。
内海だった日本海に対馬海流が流れ込んできます。
南には黒潮が流れてきます。 

これによって、暖かくなった日本列島の森に変化が起こり始めました。
それまで全国的に針葉樹に覆われていたものが、、、
西日本は照葉樹林帯、東日本は広葉樹林帯、北海道や高い山には針葉樹林。。。
これが今もある日本の森の姿。そこにいる獲物がイノシシや、シカをはじめ
タヌキ、ノウサギなどの中小のすばしっこい動物なのです。
これを弓矢で狩猟しました。 


ですから、博物館などで縄文時代の石器を見ますと
指先くらいの小さな三角形の石鏃(せきぞく・石を原料にしたやじり)が並んでいます。
さとびごころvol.36掲載の、山添村歴史民俗資料館でも、このように。
(身近な資料館・博物館で見てみてください) 
山添村民俗資料館石器
それまで(旧石器時代)は、石槍がメイン。
縄文時代になったら、弓矢がメイン。



以降縄文時代の人々は、弓矢の改良や縄猟などの狩猟方法に一層磨きをかけることになった。 (『奈良県の縄文遺跡』の中から「コラム2  動物相の変容と狩猟具」)


縄文時代の前に日本列島の地形や気候の変化あり。では、その前はどうなっていたのか。いや、もともとはどうなのか?そして、奈良県は今、その歴史とどうつながっているのか?

と、興味が広がりまして、次号vol.45では「地球の歴史と奈良の地質」という特集を計画しております。これはちょっと、好みが分かれるテーマであろうとは予想しておりますが、今の生活を送るのに一見必要なさそうな話題のようでも、風土と人のつながりについて思いをめぐらせる機会になると思いますので、お読みいただけたら幸いです。執筆をお願いしている二人も、今はりきって取り組んでくださっています。
 

 今回も、『奈良県の縄文遺跡』「コラム2  動物相の変容と狩猟具」を読みながら、自分にわかる範囲の雑談をまじえてお届けしました。
次の縄文雑談では、漆の話(上記の本では「コラム3」)をしてみたいと思います。
縄文話の好きな人がおられましたら、ご連絡ください。お茶しましょう! 
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