さとびごころ編集部のblog

奈良のローカルマガジン「さとびごころ」の編集部からみなさんへ、取材のエピソードや、お知らせ、ご紹介したいことなどをお送りします。 http://satobigokoro.org/ https://www.facebook.com/satobico/

カテゴリ: 取材の周辺

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編集部のあなんです。
11月になり、朝晩が冷えるようになりましたね。
先月末、35号の特集で紹介している「美しい多地区の田園風景を楽しむ会」さん主催の稲刈り体験に参加してきましたので報告します。
近鉄笠縫駅から南西方面に徒歩15分くらい、多神社のあるところが多地区です。わかりやすい営農組合の建物が建っています。ここが集合場所。楽しむ会の拠点でもあります。
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農村の将来を考えて、都会で暮らす人に農に親しんで欲しいとの思いで開かれている体験イベントだけあって、会場には会の取り組みを示す展示もありました。

あなんの稲刈り体験としては、10月初旬の杉浦農園の稲刈りボランティアにも参加してきましたので今年2回目。杉浦農園は、実際の収穫を手伝うものでしたが(どれだけ役立てたかは?ですが 汗)、こちらは体験を主にしてます。

 この地区では、ほとんどの稲刈りはすでに終えているのですが、イベントのために稲を残してくれているのでした。参加者は都会から情報を得て集まった家族連れや関係者をあわせて100名ほどのにぎわいでした。オリジナルのピザ釜があり、薪やオガライトが燃えていました。(暖かいので、ついつい近づくわたし)

ここで、稲刈りを全くしたことのない人のために、説明がありました。

稲は田植えのときは、小さな苗ですが収穫の頃には大人が一掴みできるほどの束になります。これがごはん一膳分なのだそうです。「農家が丹精こめて育てているので、それを知って食べてもらえたら嬉しいです」と、代表の大倉さん。
一束を掴んで、カマを手前に引くようにして刈ります。ゴシゴシしなくても大丈夫。手間に引くのがコツだそうです。10束程度をまとめて縛り、はざかけしていきます。

さあ、いよいよ一人ずつカマを貸してもらい、田圃へ。農家のおじさんやおじいちゃんたちは先生です。婦人会のみなさんは、後ほどみんなが頂くおもてなし料理の準備中。素人ばかりの参加者たちの稲刈りは、きっとプロの方からみると不揃いだったり刈り残しがあったり、問題だらけだったかもしれませんが、そこは「体験」が主目的なので何でも教えてくれました。

わたしが「へー」と思ったのは、束の縛り方。縛ったのは初めてです。なわで巻いて結ぶのかな?と、思いませんか?やってみると、ちぎれたりなわの長さが足りなかったり、うまくいかないんですよ。
おじいちゃんが教えてくれました。その手際の良さに感動。くるっと巻いて、両側をひねりあわせ、さらにねじって巻いた輪にねじ込むのです。それをかざかけする。
「これで、落ちてけーへん」。
なるほど!しっかりしています。
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見よう見まねの稲刈り体験。なんとか進みました。
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予定時間がくると、そこで修了して、こんどは再び会場に戻って、おもてなしです。
このおもてなしの準備を考えると、ありがたさがじわじわきます。(自分でもイベントをしたことがあるわけですが、あんなことも、こんなことも必要だっただろうなあと想像してしまう)
新米のおにぎり、当地でとれた小麦で作った団子の入った団子汁。自分でつくって焼いてもらうピザ。おなかいっぱいになります。参加者の多くは、子どもさん連れのファミリーなので、大人も子どももわくわくしていました。
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各テーブルにサーバーが置いてありますよね。
この中には、あったかい麦茶が入っていたのですが、その香ばしい美味しさにプチ感動!
「どこで買えますか?」と、思わず聞きました。
多地区の特産品は、道の駅で買えるものも多いので、おそらく道の駅ではないかと予想したのです。
しかし返事は「売ってないんです。イベントのために、頑張って煎ったんですよ」。
なんと。ご苦労様です。ありがたいです。いっそう美味しく感じました。ペットボトルの麦茶しか飲んだことのない人に、一口飲ませてあげたい味でした。

とある少年の戦利品。
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かえるくんですよー。

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大事に育ててくれるかな?

わたしも最後に、おいしいものをいただきました。
新米おにぎり。ごはんつやつや。
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団子汁。鶏肉のつみれいり。出汁に工夫がなされていたそうです。これがまた、美味しくて、帰り道に同じような材料を買って、その日の晩ご飯で真似してみました。(味は真似できませんでした )
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一日、あたたかいおもてなしをしていただき、大変楽しいひとときを過ごすことができました。

今、おしゃれなマルシェが流行しているように感じます。それは、かわいいものが好きなあなんも、嬉しいことです。

でも、この日は、ガーランドも、黒板に書いたチョーク文字も、カフェも、ライブも、何もなくて、ただ地元の方のあたたかいおもてなしと、野菜や特産品が並べてあるのと、生きものに出会える田圃があるだけの、だからこそ心のあたたまる思いのするイベントでした。

なわの括り方を教えてくれたのは、昔の農法(牛で耕したり、草や糞を肥料にしたりする)を知るおじいちゃんでした。今はコンバインがしてくれます。こんな知恵もイベントを通して伝えられて行くのが、嬉しいと感じました。

多地区は、車の運転ができないあなんでも電車で行ける、近くにある田舎。

現代という時代にあわせて、変化するところは変化するとして、太安万侶の時代から続くこの地の田園風景が受け継がれていってほしいと思いました。そして、次は、多神社にお参りにいかなくちゃ(まだ行ってないの?ってつっこまれそうですが)と、思いながら帰ってきました。





35号(2018.autumn)でご紹介する杉浦農園ガンバーファームさんによる
秋津穂の里プロジェクト。
油長酒造「風の森」を「無農薬栽培の秋津穂」で作る、昨年から始まった取り組みです。
人手がかかる栽培方法なので、
酒好き(風の森好き)のボランティアたちが、田植え、草取り、稲刈りに参加するものです。

さとびごころも、取材させていただいたご縁で
今年6月からボランティアとしてプロジェクトに参加しています。

穂が実った杉浦農園の秋津穂の里ゾーン。
杉浦農園がつくる秋津穂の3分の1がここで栽培されています。
あいかわらず、疎水の美しさに目を奪われます。

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快晴に恵まれました。
秋津穂の里1

田植え、草取りは取材がらみでしたが、
稲刈りは秋号には間に合わないタイミング。
そのぶん、ゆったり楽ませていただきました。

午前9時半、約束の時間になると集合場所に人が集まってきました。
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油長さんや杉浦さんからのあいさつ。今日のイベントの説明がありました。

「もっと農業のやりやすい平坦な場所で米を作ることもできるはずなのですが、
中山間の農業は山と里の間にあって、自然を守りながら行うものです。
そんな中山間の農業に価値があると思って、ここでやっていますし、
それをお伝えしていきたいと思っています」と杉浦さん。

油長酒造からも、社長はじめざっと5〜6人のスタッフの方が参加され
いっしょに汗を流しました。
このイベントは、油長さんの協力、集合場所のスペースをお借りしている方、
駐車場スペースを解放してくださり、
後ほどみんなでランチをいただく庭も解放してくださる菩提寺さま、
いろんな方の協力でスムーズに進行していますし、
そんなふうに、周りの協力をとりつけることのできる杉浦さんだから
できるんだろうなあ、と思います。


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秋津穂のほうは、杉浦さんによると、今年の出来映えは思わしくなく
計画していたのより、収量が減ってしまうとのこと。
「すみません」とおっしゃるのですが、自然相手の仕事ですから。。。
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杉浦さんを悩ませたのは、イノシシの侵入。昨年から兆しはあったものの、
今年は、イノシシチーム(4〜5頭?)が電気柵を押し倒して侵入、
せっかく実った秋津穂を、ごっそり食べられてしまった場所もあったほど。
どうすればいいのでしょう?

また、気候や土のコンディションから、株分かれの進まないところも見られました。
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天候や獣害のダーメジ、課題点も、ボランティアに開示してくださいます。

さあ、田圃にちらばって、カマを手に手に、稲刈りです。
最初に杉浦さんの説明。
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「倒れてしまった稲は、イノシシの匂いがついているので刈らないでください」
と言われました。実のっている穂を見捨てるのが心苦しかったです。

手刈りした稲は、畦に集めます。

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昨年は、はざかけをしましたが、今年は、
「そんなことをしたらイノシシに食べられてしまいますので
直接コンバインにかけることにしましたー」

コンバイン登場。

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刈り取った稲をこの機械にかけると、
(この裏側がこうなっていて)
モミが集まります。
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わたしたちは、楽しみながら手刈りし、
午前中だけの作業で終わらせていただきましたが、
見た所、まだ刈り取る稲は残っていましたし、
コンバインにかける前の稲も、まだまだ、たくさんありました。
イベントを行うのには、それはそれで作業が増える面もあるかと思います。
わたしたちの作業が、どれだけ役にたったのでしょうか。
もてなして頂いてるようで、かえって、ありがたいほどです。

さらに、予約者には「おにぎりとイモ煮」のランチつき。
これも杉浦農園さんのほうで、準備いただいたもの。
油長さんからは、なんと風の森の差し入れ。
(相当な量でした、、、、なんて親切なのでしょう!!)

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杉浦農園は今、杉浦さんと海外からきて滞在中のボランティアだけで
運営されていますので、一人にかかる負担は大きいと思います。
しかし、きっとこれからは仲間が増えていかれるのではないかと思いますし
そうなるように、応援したいと思いました。

年末には、この特別栽培米を原料とする風の森が
出来上がることでしょう。
限定酒のため、たくさんは行き渡らないと思われます。
それがまた、
ボランティアに参加された皆さんには、
格別なお楽しみのようです。




















さとびごころ秋号、絶賛追い込み中です。

編集しながら自分の取材も頑張っています。

先日は、田原本町の多地区へ行ってきました。
寡聞にして、今まで「多」という地区があることを存じませんでした。
太安万侶ゆかりの地です。

話が少しそれますが、太安万侶といえば、奈良市の茶畑からお墓が見つかったことが有名ですね。
それたついでに、橿原市にある奈良県立橿原考古学研究所附属の博物館には
クライマックスゾーンに、この墓に関する展示があります。
どれだけ「びっくり!!!」な発見だったか、伝わってきますので
まだ見てない方はぜひ!!

話を戻しまして、この「多地区」は、その太安万侶の出身地。
日本の稲作が盛んになる頃から、お米がたっぷりとれた豊かな地は、
古代の有力氏族、多族の拠点だったのです。

そのなごりを留めるロマンチックな地名です。
そして今でも、条里制の風景が残っています。
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なんと整然とした区画。
この地の美しい田園風景は、こんなにも歴史ある貴重なものだったわけです。

ユニークなのは、お米と小麦の二毛作をされているところ。
多地区産の小麦で、お菓子やうどんなど、
様々な商品開発もされています。
このごろは、小麦との二毛作ってめずらしくなっていますよね。
多地区なら、小麦畑の風景を見ることができるのですね。

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今回は、ここで地元の方たちが農村ににぎわいを取りもどす活動をされている様子を
特集のからみでお伝えします。

昨年、農林水産祭表彰行事のむらづくり部門において
特に優良と認められ表彰されました。
本気です。



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対応してくださった
美しい多地区の田園風景を楽しむ会のみなさま
大倉康至組合長
梅嵜愛隆総務部長
水土里(みどり)ネットの下川博続さん
そして婦人部の中井登志子さん、ごちそうさまでした。

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また新しいご縁をいただきました。
ありがとうございます。

秋号はもうすぐ最終チェック段階です。
多少遅れを取っている記事もありますが、、、、、
間に合わせられるよう、頑張ります。


さとびごころ34(夏)号から始まった、みちやすさんによる「森のねんどの物語」コラム。森のねんどの素材となる真っ白なおがくずを提供されている竹内製箸所を訪ねました。
森のねんどの物語34号


次号の秋号では、文様箸や文様コースターをお作りになっている寺本木材をご紹介します。
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ヒノキを中心に原木から製材し、製材市場へ出し、
その市場へは問屋さんが買いにこられるとのこと。


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寺本木材

ショールームにて、両腕を広げた幅ほどの立派な一枚板や
上記のような文様シリーズなどを見せていただきました。
そして今ヒット中なのが刺繍の枠だそうです。

寺本木材刺繍枠

見とれる程に美しいヒノキ。曲げてから磨くそうです。
写真ではわかりませんが、こちら、かなりのサイズ。
直径50センチくらいあったような印象です。
こんな大きなサイズ、奥様の手芸の道具とは思えません。
どのように使われるのでしょうね。。。

また、あたらしい需要を掘り起こそうと、すこしユニークですが
ヒノキの棺桶をお造りになっています。
東京方面で高価で取引されているそうです。
もちろん、寺本さんからの出荷額の数倍となって。

わたしは、もしもヒノキの棺桶が必要だったら
寺本さんのところに(直接)お願いしようと思いました!!

話を戻しまして、東京では火葬場が不足し
ご遺体を冷凍して順番待ち状態であり
そして、火葬にはタイムリミットもあるそうです。

寺本木材のヒノキは全てが自然乾燥のため
木の油分が残っています。
そのため良く燃え、残りかすもないとのことです。

「棺桶は人の最後の家だ」と寺本さん。
心をこめてお送りしたいとき、ヒノキの棺桶を選ぶ人の
気持ちが少しわかったような気がしました。

寺本木材さんは、河瀬直美監督の映画「Vison」にも協力されております。
そんなエピソードも伺いました。
森や農のことなども
ゆっくりお話しさせていただきました。

最後にお互いに感謝の言葉をかわして、お別れ。。。
とても有意義な時間をいただきました。
また、訪ねていきたいと思います。

寺本様、ありがとうございました。



PS 1
みちやすさんは、寺本社長の人形をお造りになっています。次号では、その作品も登場しますよ。



PS 2
文様コースターの麻の模様が気に入り
「買わせてください」とお願いしたら
お土産にくださいました。ありがとうございます。
回りの方にご紹介したり、プレゼントしたりさせていただきます。



先頃、特集ページの撮影に行ってきました。

カメラは、コッシーこと大越くん(紀伊半島の仕事さがしウェブマガジンkii編集長、でもあり)です。

これらは秋号の特集に掲載されますので、チェックしてくださいませ。

今回の主人公、杉浦農園の杉浦さん。


風の森の酒蔵、油長酒造さんを訪ねたり、
フレンチレストラン、ラミ ダンファンス アラメゾンさん(今だに、するっと言えません)の

オーナーシェフ、片山さんとお話したり。


35号特集1

杉浦農園(御所市)からの眺め

35号特集2

杉浦農園に注ぐ疎水


35号特集3

杉浦さん


35号特集4

実ってきた稲穂



35号特集5

2017年の秋津穂の里プロジェクトからできたお酒


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油長酒造さん(御所市)




35号特集8
ラミ ダンファンス アラメゾンさん(五條市)


これらの写真がどのように編集されて出てくるか、お楽しみに。


杉浦さんのガッツには、敬服させられました。
でも、心が折れそうになったこともあることを、そっと打ち明けてもくれました。
杉浦さんと、奈良にほかにもたくさんいるはずの

杉浦さんのような人たちを応援するつもりで、作ります。
10月発行の、35号を、ぜひ手にとってみてくださいね。



〈さとびごころ32号(2018 冬) 特集「地酒で味わう奈良」より〉

小売業から始まった長龍が、共同瓶詰めによる酒造会社を設立し、
創業時からの夢であった「樽酒」を世に送り出しました。
昭和54年には広陵蔵で醸造を開始。
吉野杉の甲つき樽で熟成された「吉野の樽酒」には
創業時からの夢と、杉の香りが染み込んでいます。

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さとびごころHPでお読みになれます。
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〈さとびごころ32号(2018 冬) 特集「地酒で味わう奈良」より〉

「金鼓」は、蔵のある香芝市を中心に奈良県内でファンの多い銘柄でした。
その蔵が一度は閉じられ、次世代蔵元杜氏によって蘇り、
蔵の名前を冠した銘柄「大倉」シリーズにも取り組まれています。

奈良県神社庁からの委託を受けてお神酒をつくる蔵でもあります。

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〈さとびごころ32号(2018 冬) 特集「地酒で味わう奈良」より〉

葛城山のふもと、御所市櫛羅にある酒蔵、千代酒造。
「篠峰」や「櫛羅」といった銘柄を醸造されています。

全国新酒鑑評会で通算16回の金賞を受賞してきた蔵ですが
近年は出品をせず、「飲んでこそおいしい酒」「櫛羅の地酒」を
探究されています。
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奈良県立大学県民講座へ行ってきました。
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平成29年度なら県立大学県民講座 第3回
鉄道資源の再活用と新たなまちづくりの可能性
〜京終駅舎の再生とまちづくり〜


京終駅は、旧さとびごころ編集局のすぐ近くにあり、筆者自身の最寄り駅でもあり、
レトロなたたずまいを大変気に入っていました。
その再生が昨年から始まっており、日頃から関心を寄せているところです。

まずは、当日の内容をご紹介します。

【第一部】 
観光資源としての鉄道駅の可能性 

(奈良県立大学 新納(にいの)克廣教授)
駅舎再生はなぜ求められているのか〜京都府と奈良市(京終駅)を事例に〜
(奈良県立大学 鶴谷将彦講師)

新納教授からは、かつて街の中心だった駅が車社会の台頭と入れ替えにさびれ、今では放置されて残っていること、それがかえってレトロな観光資源になる可能性があること、そのためには、観光自然としての位置づけ、機能性の整備や、費用負担、鉄道事業者との協力という課題があることが報告されました。

また、鶴谷講師からは、今回の市民講座が京終駅をめぐる住民参加のまちづくりの動きを知ったことがきっかけだったというお話。そして、京都府の笠置駅や、京終駅の事例から、駅舎の再生とはあたらしい付加価値を高めることであると定義されました。特に、京終駅の場合は、行政の押しつけでもなく、民間の営利目的でもなく、地域住民が駅とまちを愛する気持ちから自主的に動いている点が他に例がないとのお話でした。


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第二部のパネルディスカッションには、登壇者にさとびごころ編集委員の一人、神野さんが含まれていました。また、さとびごころバックナンバーでご紹介した安西さんも!

【第二部】 パネルディスカッション
テーマ   鉄道資源の再活用と新たなまちづくりの可能性
司会    下山 郎准教授
パネラー  徳岡健治 奈良市奈良町にぎわい課課長/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー)
      安西俊樹 (町家ゲストハウスならまち店主/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー) 
      神野武美 (元朝日新聞記者/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー)
      新納克廣 (奈良県立大学 地域創造部 教授) 
      鶴谷将彦 (奈良県立大学 地域創造部 講師) 

ディスカッションでは、京終駅が再生されることになったいきさつが詳しく報告され、いくつかの質疑応答や参加者からのコメントも寄せられました。 

徳岡課長の発言で知ったことは、そもそも京終駅がなぜ再生されることになったのかというと、地方創世の交付金が降りたことに始まるということ。何事も一番謎なのは、「資金はどこから?」なのですが、今回でそれがわかりました。その交付金によって「ならまちにぎわい構想」にもとづいて、ならまち、きたまちに加え、県南部への玄関口としての京終駅舎の再生が立案されたのだそうです。

そして、もうひとつ、この講座で知ったことは、ある偶然が重なったこと。それは、市の構想とは別の流れで生まれていた「京終駅を宝に思う会」による保存運動がすでにあったこと。それを知った同課が奈良市長を現地に案内し、「おもしろいのではないか」ということになったのだそうです。

話がそれますが、トップが「おもしろい」と発言することで、ぐぐぐっと動く、という点はポイントなのかなあと思いました。また、それに至るまでの水面下の動き次第で、ランニングできるかどうかが決まるのでしょう。

話を戻します。
そこで、奈良市としては「行政が考えると大手のコーヒーチェーン店やコンビニを呼ぼうか?、ステーションホテルを建てようか?などになりがちで、それではいけないのではないかという思いがありました。そこで、駅舎の建造物としての再生は行政が、その後の駅舎の生かし方や運営については住民におまかせすることにしたのです」とのこと。なんだか、勇気ある決断のようにも思います。
それを受けて、協議会が生まれ、役務室の活用が地元住民の若手からなる「京終青年団」が手をあげ、託されることになりました。

ちなみに、京終青年団のメンバーには、「紀寺の家」経営の藤岡俊平さんが含まれています。この方、次号のさとびごころに登場いただく予定になっております。

シニア世代と青年世代、夢見るところはそれぞれかもしれませんが、京終駅の保存と再生を望み、自ら動く人たちである点では同じです。駅舎の再生による地域づくりが地元住民の手で行われる、、、そんな取り組みが、最寄り駅で進んでいることを住民の一人としても興味深く聞きました。

昨今、いたるところで地域の居場所や交流拠点が生まれています。さとびごころ関連でいうと、今や全国区の知名度になったオフィスキャンプ東吉野もそのひとつ。全国各地の事例のひとつひとつに、それぞれ異なる背景や動機があることでしょう。山村では、長い目でみた移住推進という意図がありますし、都市部では失われがちな人と人との繋がりを再構築したり、衰退したエリアを活性化する意図があります。そして、その中心はカフェやシェアオフィスが多いように思います。

ここにきて、「駅舎」。

通過地点にとどまらず、地域に愛される交流スポットとなる可能性が見えてきました。また、古代の文化遺産が豊富や桜井を始めとする南部への玄関口として、観光客に喜ばれる拠点にしていくことも考えられます。これからの京終駅は、はたしてどんなふうに変化し、進化するのでしょう。



32号の特集「地酒で味わう奈良」の監修でお世話になった天理市の登酒店社長、登さんと、
取材させていただいた杉浦農園ガンバファームの杉浦さんが
第61回のらマッチ勉強会の講師として登壇され、行ってまいりました。
30名近い参加がありました。(2月18日/ぷろぼの福祉ビル=奈良市にて)
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さとびごころ32号コンテンツ

最初に登壇された杉浦さんは、細身でもの静かな方。「話すことは得意ではない」と前置きがありつつも、さとびごころで紹介しきれなかった部分も含めて詳しくていねににお話しくださいました。

まずはご自身の紹介、酒米として秋津穂(奈良県産の飯米)を栽培するようになったいきさつ、そしてその秋津穂をあえて無農薬で栽培し、イベントとして街から人を募って手伝ってもらう「秋津穂の里プロジェクト」のお話。そのようすを写した写真がスライドで紹介されたところは、紙面ではなかなか伝えきれなかった部分でした。

ちなみに、御所には秋津という地名があります。秋津とは日本の意味ですね。古代文明の香りがする魅力的な地名だなあと、通りかかる度に思っていました。この地でも、かつては秋津穂が栽培されていたそうですが、コシヒカリのようなもっちりとした品種に人気が集まるようになると、それに比べてぱさぱさした食感で価格の安い秋津穂は衰退し、杉浦さんが栽培されるときはすでに栽培されていなかったそうです。
ところがこの秋津穂、病気に強く、倒れにくく、やや大粒で、酒米としては「微生物が入っていきやすい(故山本社長)」と、好適米なのだそうですよ。

もともと日本酒は得意ではなかった杉浦さんでしたが、栽培した秋津穂で醸造されたお酒を、タンクから汲んで呑ませてもらったときは「これが日本酒なのか!」と思うほどの美味しさに感動し、「続けよう!」と決意しました。

ここで里山の棚田について、杉浦さんのお話から。
「広範囲に棚田を利用するには、やっぱりお米。野菜を作るには手間がかかりすぎるのです。収益が低くても、お米なら作れます。しかも秋津穂は作りやすい。
山があって、里山があって、平野があります。里山の部分は、かつてはエネルギーも含めて全てが循環していました。それが今、どんどん荒れています。わたしのように就農する人は実際のところなく、後を継ぐ人もなく、耕作放棄地が広がっています。放棄された棚田には草がはえ、3年すると木が生えて、田圃に回復することは不可能になります。どうすれば、くいとめられるのでしょうか。とにかく、ここに人を呼びたい。そのために、無農薬でお米を作ってイベント化できないだろうかと考えました」

秋津穂の里プロジェクトはこうして発案されました。これを恐る恐る油長酒造に提案すると「おもしろいじゃないか」との返事が。また、杜氏の方も初めての無農薬栽培による秋津穂の醸造に、チャレンジしてくださったそうです。

これまで一人で営農されてきた杉浦さんでしたが、秋津穂の里プロジェクトをやってみて、「みんなでやればこんなに楽しいのか!」という発見がありました。農業は、一人でやると終わりの見えない程に時間がかかりますが、チームでやると驚くほどはかどり、しかも共に働いた共通体験が生まれ、収穫の喜びをわかちあうことができます。
プロジェクトは、杉浦さん自身の考えも変える作用があったようでした。今では、台湾などから滞在してファームを手伝う若者も集まるようになりました。農業の素人でも、人が集まればできるのだという驚きがあり、ホストする大変さはありますが、喜んでくれる笑顔を見ると楽しさが上回るそうです。


秋津穂の里プロジェクトは、一年だけの取り組みのつもりでしたが、「酒米づくりが人を呼ぶことにつながっていくのでは、、、」という手応えがあり、参加者からも「来年もぜひ」という声があり、今年も行われるそうです。
一年を通しての参加に限られ、田植え、草取り、収穫までを、「来れるときだけ手伝う」というしくみ。参加費もなく、報酬もありません。ただ、うちあげでかわす一献は格別の味わいです。

このプロジェクトの特徴は、草刈りへの参加が条件であること。田植えや収穫だけをイベント化する例はあるそうですが、「必ず草刈りをしてください。草の生える期間中、来れる時だけでいい。ふらっと来てもらえればいい」というゆるいミッション。無農薬でもっとも大変なのは、夏場の草刈り。「僕一人でやっていたら、たぶん死んでいたでしょう(笑)」。

また、わたしたち街に暮らす者にとっては、日頃土に触れる機会がなく、さりとて家庭菜園や就農も実際のところハードルが高いものです。お金を使うだけの遊びをするよりも、こうした機会に土に触れることができるなら、なんだか楽しそう。筆者も田植えや草刈りを体験したことがありますが、日頃使わない筋肉が痛み、それが不思議と気持ちが洗われるようでした。滝のように汗をかき、へとへとになるのですが、水筒の水が信じられないほどに美味しく、風がそよぐと感謝の気持ちさえ湧いてくるのです。そういうわけで、今年は、ぜひとも参加させていただこうと思う次第です。

(余談ですが次号33号でも「援農」をキーワードとした記事を掲載予定です)

秋津穂の里プロジェクトに興味にある方は、杉浦さんまでお問いあわせください。
https://www.facebook.com/sugifarm(メッセージからご連絡ください)
ブログはこちら http://gamba-orgfarm.jugem.jp/

変わって二番手は、登社長。
100年続く天理市内の酒店。かつては注文を聞いて運搬するだけでよかった酒店は、大手量販店やコンビ二でも酒が買えるようになってから「このままではいけない」と危機感を感じるようになりました。そこで考えたのは、「店に来てもらえる酒店」。外観や内装をおしゃれにして、地酒にこだわりました。そしてある時、奈良は日本酒の発祥の地と知り、酒蔵をまわって酒を研究しはじめると、蔵のタンクからくみ出したばかりの無濾過生原酒のおいしさに驚きました。そこから、奈良の地酒に力をいれ、「本当に美味しいと感じた酒、本当に応援したいと思った酒蔵」にこだわり、冷蔵庫で管理し、お客様には無料で試飲もしてもらい、きちんと説明してから買っていただく現在のスタイルができていきました。無濾過生原酒は酵母が生きており、扱いに配慮が必要です。蔵のひとつひとつにドラマや物語があります。だからこそ、常温の棚にただ並べるだけでは売ることができない酒。奈良の地酒の蔵元と信頼関係を築き特徴を熟知している登酒店だからこその酒を売りたいとのことでした。
10年前に息子さんが帰ってこられ、ともに店を切り盛りしながら充実したHPを構築されています。このHPを詳しく読むだけでも、奈良の地酒を語れるほどになるかもしれまません。
登酒店
http://www.nobori-sake.com/

店で売る酒はすべて試飲するという登酒店。開栓した酒をお客様にも試飲用として提供されているというわけなのですね。

天理駅からも歩いて近いので、お店に行かれる場合はぜひ電車がおすすめ。そして試飲してみてください。同店おすすめの酒の美味しさに、日本酒の概念が変わることでしょう。


勉強会のあとは、ぷろぼの食堂で懇親会が行われましたが、筆者は所用で欠席。参加できれいてば、杉浦さんの田圃でできた秋津穂から醸した特別酒「笑う門には福きたる」が呑めたのですが。

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再会した登さん、杉浦さんにごあいさつ。ありがとうございました。












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