さとびごころ編集部のblog

奈良のローカルマガジン「さとびごころ」の編集部からみなさんへ、取材のエピソードや、お知らせ、ご紹介したいことなどをお送りします。 http://satobigokoro.org/ https://www.facebook.com/satobico/

カテゴリ: 取材の周辺

35号で取材させていただいた「美しい多地区の田園風景を楽しむ会」さんが、奈良県農村地域づくり協議会研修会で発表されるということで、関係者の方からお誘いいただき、会場の多集落営農組合まであなんが行ってきました。

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行ってみると、なんだか、飛び入り参加だったようでしたのに、迎え入れてくださり(美味しいものも頂き、、、)、多地区のみなさん、ありがとうございました。

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農村の地域づくりに地元自ら取り組む方たちがお集りでした。まさに「その地に根ざす」方たち。

知り合いの方にも会いました。また、勝手に話しかけた何人かの方に、「今度行きます」と申し上げると「おいでー」と言っていただき、嬉しくなっています。

多地区の農産物や特産品は、道の駅「レスティー唐古・鍵」で買えます。専用コーナーがありますので、お立寄の際にチェックしてみてください。やすまろうどん、美味しいです!
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やすまろうどん
多地区で栽培された小麦から生まれたうどん。全粒粉入りなので、蕎のように見えますが、うどんです。つるん!とした口当たりが美味しい。どうしてこんなにつるん!としているのかというと、「手延べ」にその理由がありそうです。太い生地を除々に伸ばしてつくるグルテン組織が切断されないとのこと。水の澄んだ山添村で製造されています。




そして、最後に、FBページではアップしていませんが、美しい多地区の田園風景を楽しむ会の会長大倉さま、お礼をこめてここにアップさせてくださいませ。突然、お声かけしたのに、映ってくださって、ありがとうございました!

当日の資料より(きっかけは-------)
●約15年前の地区のリーダーの「営農の崩壊」=「村の崩壊」に対する強い危機感と対策にむけた牽引力
●農業を中心とした地域の復活を目指した

そのリーダーがこの方です。



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さとびごころの記事はこちらです

農村地域は博物館!大人や子どもたちに農地の多様な価値を伝えたい



ただいま発売中の36号でお世話になった松田真一氏に、

さとびごころをお届けするため氏が特別顧問をお務めになっている天理参考館へ

(松田氏は二上山博物館の館長もされています)。

国内外から集められた民俗資料、考古資料が展示されています。



3階の「世界の考古美術」では、ラッキーにも松田氏のミニ解説つきで縄文の美しいものたちを見ました。図録でしか見たことのなかったものにいくつも出会えました。(もう一度、こんどはもっと浸りに行きたいと思います)1階と2階には世界の生活文化が展示されています。



松田氏が縄文時代の専門家になられたのは、若い頃、大川遺跡(36号特集でご紹介)の発掘に携わられたことがきっかけだそうです。
「当時は縄文の専門家がいなかった」「仕事上でであったテーマを調べるうちに、それが面白くなっていくのが考古学なんですよね」と。


そんな松田氏のおかげで、奈良の縄文について手がかりを得た編集部でした。「松田先生、ありがとうございました」

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左の人は、ぼけてるくらいで丁度良いです。

松田先生、すみません!




農業や林業の世界では、高齢化と後継者不足のことが心配されています。
跡を継ぎたい人がいない。若い人は都会で就職。
その一方で、外部から農業や林業に転じてきた人たちには、
「儲かるから」「安泰だから」という以外の動機で取む人が多いように思います。

大きく儲かることや、安泰であるかどうかを横においても
「これがしたい」という人たち。
険しい道のりでも、乗り越えようとする人たち。
杉浦さんも、その一人です。

取材したことの全てが原稿になるわけではなく、
載せなかったことの中にも心を動かされた部分があります。

なので、さとびごころは杉浦さんや
「杉浦さんのような人たち」にエールを贈りたいと思います。

関心をもつこと。購入すること。人と話すこと。
なんでも、無理なく楽しくできることをやるだけでいいと思う。

当日のメニューには、杉浦農園の野菜がふんだんに取り入れられました。
「これ、すっごいおいしい!」「全然ちがう」の声も会場のあちらこちらで聞こえました。


お酒の会にご来場くださったみなさんに、これきっかけに、
杉浦農園さんのことを知っていただけたら
嬉しく思います。

共催いただいたぷろぼの食堂さん、ありがとうございました。
次は、杉浦農園マルシェ(?)をしましょう(^^)




編集部 阿南です。

縄文が気になりだしたのは、2016年。
どうしても三内丸山遺跡にいかなくては。 と、まず現地へ行って下調べ。
当時は旧編集部時代でしたが、会議で提案すると「面白いね」と言ってくださったのが フリージャーナリストの神野さんでした。 その後もちょくちょく「縄文やりたいね」との思いは続き。

神野さんから「松田真一さんという人がいる」と教えて頂きました。 二上山博物館館長で、『奈良県の縄文遺跡』(青垣出版 2017年)の著者です。 (実は、学術的な内容で、すいすい読みこなせるような実力はないのですが)

一方で 現編集部としては 
2017年は、2018年からのリスタートを意識してシュミレーションの一年となり
2018年はリスタート初年として(編集以外のことについて)経験を積む一年に。
その間も、「縄文時代って何?」という思いで、 資料を読んだり見学に行ったりを続けました。

昨年秋には、「まず、松田先生を訪ねよう」と、
神野さんといっしょに二上山博物館を訪ねました。
そして、縄文時代を見直す意味について、
何か通じるものを感じることができました。

縄文文化の遺物はどうしても東日本のものが注目されがち、
「奈良」という切り口でどのように作っていこうか。
また、1万年続く縄文時代、何しろ長すぎる、
それを 限られたページの中でどんなふうに編集していこうか。
いろいろ検討していたところへ、松田先生から三つの遺跡をおすすめいただきました。

※ここで、ひとこと。縄文時代は、土器の形式によって6つに区分されています。 これは縄文を楽しむためにも、とても助かりますのでご紹介しておきますね。 草創期、早期、前期、中期、後期、晩期です。年代は諸説ありますので 東京国立博物館特別展「縄文-1万年の美の鼓動」図録をもとにします。 草創期が一番長くて、だんだん期間が短くなっていきます。
草創期 約13000年〜約9000年。
早期 約9000年前~約6000年前
前期 約6000年前~約5000年前
中期 約5000年前~約4000年前
後期 約4000年前~約3000年前
晩期 約3000年前~約2400年前



草創期から早期  として 大川遺跡(山添村)
早期から後期 として 宮の平遺跡(川上村)
晩期として 橿原遺跡(橿原市)

これに加えて、後期旧石器時代の話題として
二上山北麓遺跡を(香芝市)プロローグ的に載せました。

それぞれに、「そうだったのか」というコトが含まれていて
縄文時代の奈良を考えてみるための
アウトラインとなる情報になるのではと思います。

縄文時代がもっとも繁栄したのは中期頃からそれ以降。
多くの人がイメージする縄文文化はこの頃をさすのだということも
見えてきました。
そんなイメージと奈良との共通性や違いも感じられることでしょう。

また、日本人の日常の基層文化のほとんどが実は縄文時代に始まるいうことも
わかってきました。縄文は、弥生と入れ替わってすっかり消滅したのではなく
基層として、ついこのあいだまでは日常の中にたくさんありました。
ただ、わたしたちが学校で習うことはいつも政治史が中心であり
「中心」だけをピックアップして暗記することになります。
その時代時代の 名もなき人たちが何を信じて、どう暮らしていたかを
学ぶ機会が少ないために、見過ごされてしまうのですね。

特集の編集はいつも 登り坂を登るような体験です。
時にあえぎつつ 登り切ったときの気持ちを楽しみにしながら。
振り返ると、坂の途中に こぼしてきたものもあります。
この特集でやりきれなかったことも
これからの企画の中で、手や品が変わっても反映されていくものではないかと
思っています。

さとびごころ36号、来年になったらお届けします。
読んでいただけたら幸いです。


林業は、森に一番近い仕事。

さとびごころでは、毎号なんらかの森林に関するものを掲載しています。

「森とともに生きる」のコーナーでは、14代目の若手山主が林業のイノベーションに奮闘する連載を、「あすならもりだより」では、明日の奈良の森を考える学習会のレポートを。

 林業をひとつの職業ととらえてしまえば、
異業種の人にとっては 関係のない話になりますが、
森林にかかわる仕事と考えると、
 川下の市街地に暮らすわたしたちすべてに関係してくることです。

衰退したと言われたり、また、拡大造林された人工林をどんどん使おう!と 言われたり、
林業がむきあう課題はたくさんあります。

その渦中にいる人たちが、
匂いのように嗅ぎ取っているものは
街と森をつなぐというような言葉にあるように思います。

時代とともに、その必然性が薄れるなか、
これからの時代に合う、持続可能なかたちを
多くの人が摸索しています。
そんなギャザリングだったように思いました。

いろんなつながり方があると思う。

 さとびごころも、考えていきたい。

 

35号(2018秋)でご紹介した杉浦農園さま。
発行後、FBページでご紹介いただき、ありがとうございました。

杉浦農園さんのシェア

杉浦農園さまのFBページはこちら


32号の特集「地酒で味わう奈良」での出会いから、今回の特集につながりました。
ちょこっとご紹介しています。
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あれから一年です。リスタートしたばかりの頃でした。

一人で無農薬栽培をされていると聞き、「一人で?」と驚きました。
無農薬栽培に取り組む人たちと出会ってきましたが
人出不足に苦しみつつ人には言わずに頑張っている人が多かった。
杉浦さんも我慢強く努力されていました。
援農のしくみが農家にも都会に住む人にも
喜びをもたらすのではないかと、この特集を企画しました。


来年から2年目が始まります。
さとびごころのある人に、届きますように。

冬号の準備が進行中です。テーマは縄文。

皆さんは橿原考古学研究所附属博物館へは、よく行かれますか?
そうでもないという方、行ったことがないという方も多いのではないでしょうか。

かくいうわたくし(あなん)も、若い頃に取材で何度か行ったことがあるものの
個人的にしばしば訪れるようになったのは近年のこと。
旅へ出ると、必ずといっていいほど、その土地の歴史民俗博物館へ行き、
「へー、なるほど」「へー、なるほど」を内心で連発して喜んでいるわりには、
電車で行く(奈良市在住のため)地元の宝については「また行こう、こんど行こう」と思ったままになりがちでした。かつてのわたくしのような、あなたに。

大変面白い所ですから、おすすめです。まず、すいています。
人ごみはお好きですか?並ぶのはお好きですか?そうではないという方、きっと嬉しいはず。

次に、ボランティアガイドの方がいつでもいらっしゃいます。そして丁寧に説明してくださるのですが、日によって当たる方が違いますので、ガイドさんによってお好きな年代があるようで、何度行っても新しい解説が聞けるのが面白いです。
音声ガイドと違って、その場で話しかけたりできますから、質問したことから話が広がって
ついつい話が盛り上がりそうになってしまうことも。(他の見学者さんがいらっしゃったら迷惑なので控えていますよ!)

「どちらからおいでですか?」と聞かれることがあります。「奈良市からです」というと、「ほー」と、嬉しそう。県外からの来館者のほうが多いそうです。地元の人にこそ興味を持ってほしいと、ガイドの皆様も思っていらっしゃるのでしょうか。

橿原公苑陸上競技場。実は、この下にも縄文遺跡が眠っています。研究所が生まれるきっかけになった遺跡。スポーツ観戦の際には、少し遺跡のことなども思い出していただき、時間を工夫して博物館を見学なさってください。
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と、ここまでおすすめしておきながら、博物館は工事のため12月末にて長期休館になります。
さとびごころ冬号が発刊された頃には、すでに閉まっているのです。

さとびごころの特集でお伝えできることは、ごくごく限られておりまして、
興味をもっていただくきっかけづくりになれば、、、というものですが、
こちらの博物館は知れば知る程見応えが増す、豊富な資料が揃っています。

一般的に、博物館における縄文の出土品は、最初のほうにちょっとだけ土器や石器が置いてある場合が多いのですが、こちらではたっぷり。
(つまり弥生以後はもっとたっぷり)

ぜひ、年内にお運びください。

橿原考古学研究所附属博物館
http://www.kashikoken.jp/museum/top.html

【追伸】

橿原考古学研究所(橿考研)は、今年(平成30年)、創立80周年!そのきっかけは、1938年(昭和13年) - 「紀元二千六百年記念行事」の橿原神宮外苑整備事業として橿原遺跡の調査が行われ、京都大学の末永雅雄9月13日より現地で調査指揮に当たったことでした。この日が橿原考古学研究所の創立記念日とされています。橿原遺跡から見つかった縄文時代の耳飾りが、研究所のロゴマークになっていたのだということを、編集委員の神野さんから教わりました。そうだったのですね!


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編集部のあなんです。
11月になり、朝晩が冷えるようになりましたね。
先月末、35号の特集で紹介している「美しい多地区の田園風景を楽しむ会」さん主催の稲刈り体験に参加してきましたので報告します。
近鉄笠縫駅から南西方面に徒歩15分くらい、多神社のあるところが多地区です。わかりやすい営農組合の建物が建っています。ここが集合場所。楽しむ会の拠点でもあります。
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農村の将来を考えて、都会で暮らす人に農に親しんで欲しいとの思いで開かれている体験イベントだけあって、会場には会の取り組みを示す展示もありました。

あなんの稲刈り体験としては、10月初旬の杉浦農園の稲刈りボランティアにも参加してきましたので今年2回目。杉浦農園は、実際の収穫を手伝うものでしたが(どれだけ役立てたかは?ですが 汗)、こちらは体験を主にしてます。

 この地区では、ほとんどの稲刈りはすでに終えているのですが、イベントのために稲を残してくれているのでした。参加者は都会から情報を得て集まった家族連れや関係者をあわせて100名ほどのにぎわいでした。オリジナルのピザ釜があり、薪やオガライトが燃えていました。(暖かいので、ついつい近づくわたし)

ここで、稲刈りを全くしたことのない人のために、説明がありました。

稲は田植えのときは、小さな苗ですが収穫の頃には大人が一掴みできるほどの束になります。これがごはん一膳分なのだそうです。「農家が丹精こめて育てているので、それを知って食べてもらえたら嬉しいです」と、代表の大倉さん。
一束を掴んで、カマを手前に引くようにして刈ります。ゴシゴシしなくても大丈夫。手間に引くのがコツだそうです。10束程度をまとめて縛り、はざかけしていきます。

さあ、いよいよ一人ずつカマを貸してもらい、田圃へ。農家のおじさんやおじいちゃんたちは先生です。婦人会のみなさんは、後ほどみんなが頂くおもてなし料理の準備中。素人ばかりの参加者たちの稲刈りは、きっとプロの方からみると不揃いだったり刈り残しがあったり、問題だらけだったかもしれませんが、そこは「体験」が主目的なので何でも教えてくれました。

わたしが「へー」と思ったのは、束の縛り方。縛ったのは初めてです。なわで巻いて結ぶのかな?と、思いませんか?やってみると、ちぎれたりなわの長さが足りなかったり、うまくいかないんですよ。
おじいちゃんが教えてくれました。その手際の良さに感動。くるっと巻いて、両側をひねりあわせ、さらにねじって巻いた輪にねじ込むのです。それをかざかけする。
「これで、落ちてけーへん」。
なるほど!しっかりしています。
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見よう見まねの稲刈り体験。なんとか進みました。
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予定時間がくると、そこで修了して、こんどは再び会場に戻って、おもてなしです。
このおもてなしの準備を考えると、ありがたさがじわじわきます。(自分でもイベントをしたことがあるわけですが、あんなことも、こんなことも必要だっただろうなあと想像してしまう)
新米のおにぎり、当地でとれた小麦で作った団子の入った団子汁。自分でつくって焼いてもらうピザ。おなかいっぱいになります。参加者の多くは、子どもさん連れのファミリーなので、大人も子どももわくわくしていました。
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各テーブルにサーバーが置いてありますよね。
この中には、あったかい麦茶が入っていたのですが、その香ばしい美味しさにプチ感動!
「どこで買えますか?」と、思わず聞きました。
多地区の特産品は、道の駅で買えるものも多いので、おそらく道の駅ではないかと予想したのです。
しかし返事は「売ってないんです。イベントのために、頑張って煎ったんですよ」。
なんと。ご苦労様です。ありがたいです。いっそう美味しく感じました。ペットボトルの麦茶しか飲んだことのない人に、一口飲ませてあげたい味でした。

とある少年の戦利品。
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かえるくんですよー。

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大事に育ててくれるかな?

わたしも最後に、おいしいものをいただきました。
新米おにぎり。ごはんつやつや。
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団子汁。鶏肉のつみれいり。出汁に工夫がなされていたそうです。これがまた、美味しくて、帰り道に同じような材料を買って、その日の晩ご飯で真似してみました。(味は真似できませんでした )
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一日、あたたかいおもてなしをしていただき、大変楽しいひとときを過ごすことができました。

今、おしゃれなマルシェが流行しているように感じます。それは、かわいいものが好きなあなんも、嬉しいことです。

でも、この日は、ガーランドも、黒板に書いたチョーク文字も、カフェも、ライブも、何もなくて、ただ地元の方のあたたかいおもてなしと、野菜や特産品が並べてあるのと、生きものに出会える田圃があるだけの、だからこそ心のあたたまる思いのするイベントでした。

なわの括り方を教えてくれたのは、昔の農法(牛で耕したり、草や糞を肥料にしたりする)を知るおじいちゃんでした。今はコンバインがしてくれます。こんな知恵もイベントを通して伝えられて行くのが、嬉しいと感じました。

多地区は、車の運転ができないあなんでも電車で行ける、近くにある田舎。

現代という時代にあわせて、変化するところは変化するとして、太安万侶の時代から続くこの地の田園風景が受け継がれていってほしいと思いました。そして、次は、多神社にお参りにいかなくちゃ(まだ行ってないの?ってつっこまれそうですが)と、思いながら帰ってきました。





35号(2018.autumn)でご紹介する杉浦農園ガンバーファームさんによる
秋津穂の里プロジェクト。
油長酒造「風の森」を「無農薬栽培の秋津穂」で作る、昨年から始まった取り組みです。
人手がかかる栽培方法なので、
酒好き(風の森好き)のボランティアたちが、田植え、草取り、稲刈りに参加するものです。

さとびごころも、取材させていただいたご縁で
今年6月からボランティアとしてプロジェクトに参加しています。

穂が実った杉浦農園の秋津穂の里ゾーン。
杉浦農園がつくる秋津穂の3分の1がここで栽培されています。
あいかわらず、疎水の美しさに目を奪われます。

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快晴に恵まれました。
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田植え、草取りは取材がらみでしたが、
稲刈りは秋号には間に合わないタイミング。
そのぶん、ゆったり楽ませていただきました。

午前9時半、約束の時間になると集合場所に人が集まってきました。
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油長さんや杉浦さんからのあいさつ。今日のイベントの説明がありました。

「もっと農業のやりやすい平坦な場所で米を作ることもできるはずなのですが、
中山間の農業は山と里の間にあって、自然を守りながら行うものです。
そんな中山間の農業に価値があると思って、ここでやっていますし、
それをお伝えしていきたいと思っています」と杉浦さん。

油長酒造からも、社長はじめざっと5〜6人のスタッフの方が参加され
いっしょに汗を流しました。
このイベントは、油長さんの協力、集合場所のスペースをお借りしている方、
駐車場スペースを解放してくださり、
後ほどみんなでランチをいただく庭も解放してくださる菩提寺さま、
いろんな方の協力でスムーズに進行していますし、
そんなふうに、周りの協力をとりつけることのできる杉浦さんだから
できるんだろうなあ、と思います。


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秋津穂のほうは、杉浦さんによると、今年の出来映えは思わしくなく
計画していたのより、収量が減ってしまうとのこと。
「すみません」とおっしゃるのですが、自然相手の仕事ですから。。。
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杉浦さんを悩ませたのは、イノシシの侵入。昨年から兆しはあったものの、
今年は、イノシシチーム(4〜5頭?)が電気柵を押し倒して侵入、
せっかく実った秋津穂を、ごっそり食べられてしまった場所もあったほど。
どうすればいいのでしょう?

また、気候や土のコンディションから、株分かれの進まないところも見られました。
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天候や獣害のダーメジ、課題点も、ボランティアに開示してくださいます。

さあ、田圃にちらばって、カマを手に手に、稲刈りです。
最初に杉浦さんの説明。
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「倒れてしまった稲は、イノシシの匂いがついているので刈らないでください」
と言われました。実のっている穂を見捨てるのが心苦しかったです。

手刈りした稲は、畦に集めます。

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昨年は、はざかけをしましたが、今年は、
「そんなことをしたらイノシシに食べられてしまいますので
直接コンバインにかけることにしましたー」

コンバイン登場。

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刈り取った稲をこの機械にかけると、
(この裏側がこうなっていて)
モミが集まります。
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わたしたちは、楽しみながら手刈りし、
午前中だけの作業で終わらせていただきましたが、
見た所、まだ刈り取る稲は残っていましたし、
コンバインにかける前の稲も、まだまだ、たくさんありました。
イベントを行うのには、それはそれで作業が増える面もあるかと思います。
わたしたちの作業が、どれだけ役にたったのでしょうか。
もてなして頂いてるようで、かえって、ありがたいほどです。

さらに、予約者には「おにぎりとイモ煮」のランチつき。
これも杉浦農園さんのほうで、準備いただいたもの。
油長さんからは、なんと風の森の差し入れ。
(相当な量でした、、、、なんて親切なのでしょう!!)

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杉浦農園は今、杉浦さんと海外からきて滞在中のボランティアだけで
運営されていますので、一人にかかる負担は大きいと思います。
しかし、きっとこれからは仲間が増えていかれるのではないかと思いますし
そうなるように、応援したいと思いました。

年末には、この特別栽培米を原料とする風の森が
出来上がることでしょう。
限定酒のため、たくさんは行き渡らないと思われます。
それがまた、
ボランティアに参加された皆さんには、
格別なお楽しみのようです。




















さとびごころ秋号、絶賛追い込み中です。

編集しながら自分の取材も頑張っています。

先日は、田原本町の多地区へ行ってきました。
寡聞にして、今まで「多」という地区があることを存じませんでした。
太安万侶ゆかりの地です。

話が少しそれますが、太安万侶といえば、奈良市の茶畑からお墓が見つかったことが有名ですね。
それたついでに、橿原市にある奈良県立橿原考古学研究所附属の博物館には
クライマックスゾーンに、この墓に関する展示があります。
どれだけ「びっくり!!!」な発見だったか、伝わってきますので
まだ見てない方はぜひ!!

話を戻しまして、この「多地区」は、その太安万侶の出身地。
日本の稲作が盛んになる頃から、お米がたっぷりとれた豊かな地は、
古代の有力氏族、多族の拠点だったのです。

そのなごりを留めるロマンチックな地名です。
そして今でも、条里制の風景が残っています。
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なんと整然とした区画。
この地の美しい田園風景は、こんなにも歴史ある貴重なものだったわけです。

ユニークなのは、お米と小麦の二毛作をされているところ。
多地区産の小麦で、お菓子やうどんなど、
様々な商品開発もされています。
このごろは、小麦との二毛作ってめずらしくなっていますよね。
多地区なら、小麦畑の風景を見ることができるのですね。

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今回は、ここで地元の方たちが農村ににぎわいを取りもどす活動をされている様子を
特集のからみでお伝えします。

昨年、農林水産祭表彰行事のむらづくり部門において
特に優良と認められ表彰されました。
本気です。



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対応してくださった
美しい多地区の田園風景を楽しむ会のみなさま
大倉康至組合長
梅嵜愛隆総務部長
水土里(みどり)ネットの下川博続さん
そして婦人部の中井登志子さん、ごちそうさまでした。

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また新しいご縁をいただきました。
ありがとうございます。

秋号はもうすぐ最終チェック段階です。
多少遅れを取っている記事もありますが、、、、、
間に合わせられるよう、頑張ります。


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