さとびごころ編集部のblog

奈良のローカルマガジン「さとびごころ」の編集部からみなさんへ、取材のエピソードや、お知らせ、ご紹介したいことなどをお送りします。

2019年09月

明日なら1

すっかり涼しくなってきましたね。
台風の影響が報道されています。放置された森の木が倒れ、電気の復旧が遅れているなどの
報道もあります。。 林業は「業」である限り儲からなくなったら放置されてしまいますが、
災害のことを考えると環境保全としての林業の側面は放置できないことです。
そんな林業、30年近く森や林業を取材しておられる森林ジャーナリストの田中淳夫さんによると「絶望」なのだと言います。
今回のあすならもり (明日の奈良の森を考える学習会)は、先月出版された同タイトルの本「絶望の林業」をテーマに、田中さんをお招きして9月21日、奈良市で開催されました。あすならもり には、さとびごころ 編集部(オフィスエルインク)も、協力しており、毎回レポートを掲載しています。
次号(39号)は、第10回の古川氏のレポートになりますので、田中氏のお話は来年40号でお伝えすることになると思います。

今回の様子は、主催の森林総合監理士会のブログでも報告されています。

上記の通り、絶望の先の希望の方にウエイトが置かれていました。『絶望の林業』は、あえて当日会場で買い求め、せっかくですのでサインもいただき、読んでみました。こちらには、8割以上のページを割いて、なぜ「絶望」なのかが書かれています。

日本の林業が衰退した理由に、必ずと言っていいほど「安い外材に押され」という言葉が出てきますが、
それだけではないことなども書かれています。田中さんは、少し「人とは違った意見」を出す方なので、一方的に思い込んでしまいがちなところを、考え直してみる機会を与えられます。

希望の林業としては、吉野林業方式の話が出てきました。奈良県で暮らしていると気づきにくいのですが、吉野林業が生んだ方式は世界的に見ても優れていると、有識者の方たちからよく聞きます。現代にカスタマイズするには、どうしたらいいのでしょう。
収益は、「今そこにある資源」を商品にしていくのがいいと田中さんは言います。自然資源を対象とした場合は、マーケットインは合わないと。


編集部は、林業のプロの立場ではありませんが、環境としての森に直接関わる林業に関心を持ち続けています。それは、林業で稼ぐかどうかに関わらず、誰もが関係していること。

田中さんの言葉で言うと「森林環境の維持向上により、森林と人との恒久的な共生を図る」ことは、持続可能な社会づくりにどうしても必要なことだと思います。

どんな人たちがどんな思いで、「絶望」に抗い、取り組もうとしているのか、この奈良でのストーリーをこれからも紹介したいと思います。

お馴染みになってきた交流会。
奈良で森林に関わる人たちの顔ぶれが揃います。
明日なら3

利害関係をひとまず横に置き、生の人間関係から明日の奈良の森づくりのための、つながりが生まれていくことを願っています。

(写真は奈良県森林総合監理士会ウェブサイトからお借りました)


オノ暮らし蛍

連載 第3回 今日も晴々(ハルバル)オノ暮らし
小野晴美(オノ暮らし主宰 山の家harubaru運営)

下北山村で「人と自然に優しい素敵暮らし」を手作りする小野夫妻が主宰するのが「オノ暮らし」。
下北山村は、奈良県の南東部の県境にある奥深い山里です。地域おこし協力隊としてこの村に移住してきた二人には、その風土あっての、人の暮らし方や守り育てられてきた自然へのリスペクトと感謝があります。今回はそんな気持ちを綴ってくれました。

オノ暮らしはいつでも進化しています。第2回の連載では、夫マサハルさんがセルフビルドのカフェ作りに挑戦していることが書かれていましたが、今回は、ひよこを飼い始めました。いえ、記事掲載時には、ひよこだった雛たちは、今ではトサカが現れるまでに成長し、山の家ハルバルから出てくる野菜クズなどを旺盛に食べています。

山里だからこそ実現できるオノ暮らしには、山里に住んでいなくても受け入れたい考え方と実践がたくさん含まれていますので、さとび読者の皆様にはきっと共感していただけるのではないでしょうか。

写真は、「山の家harubaru」の庭先で今年見られたホタル。ここはビオトープになっており、6月には、村内でもとりわけたくさんのホタルの舞が見られます。パーマカルチャーの畑があったり、広葉樹が植えられていたり、鶏小屋があったり、建設中のセルフビルドカフェもあります。しかも、さとびごころ のバックナンバーもリビングルームに並べてくださいっています!!!山の家harubaruに、一度お泊りになってみてはいかがでしょうか。予約状況はオノ暮らしHPでチェックできます(これまたハンドメイドなスケジュール表で)。

連載 山と今日から始まる物語#02
谷茂則(一般社団法人大和森林管理協会)

前回から連載が始まりました、山と今日から始まる物語、通称ヤマトキョー。
谷林業の谷さんが、奈良県の森林について経営、管理をおこなう法人(愛媛大学名誉教諭の泉英二理事長)を設立されたことを機会に、その理念や活動について執筆していただいています。

(谷さんのこれまでについては「ドタバタ」のほうで書いていただいています。)

今の政策が国産木材の増産を強く求める方向に向かっていることはご存知でしょうか。
林業の中でも素材生産業に光が当たり、一見正しいことのように見える「安定供給」が実現されれば、せっかく積み上げてきた森林資産を一気に伐採してしまうのではないかという恐れを感じると谷さん。


豊かな循環サイクルを作り上げるのか、資産を取り崩すのか、森林林業関係者の選択にかかっているとし、自然に寄り添い最大限に活かしながら生きていくシステムを創ることに一つの答えがあると語ります。

奈良県は、吉野林業という山を生かしながら経済を作るシステムが構築された場を持ちます。
取り返しのつかない皆伐一辺倒でない森の経営や管理が行われていくとしたら、編集部も望むところでありますので、ヤマトキョーの活動を通して、奈良の森の現在を追っていきたいと思います。




天神祭

連載 GOMIGEN 最前線 #04

 天神祭ごみゼロ大作戦 市民の力で大きな成果

北井弘(ごみ減量ネットワーク主宰)

大阪の天神祭では、2016年の調査で、60トン発生したごみのうち、40%がリサイクル可能であることがわかりました。その翌年は、14箇所のスーテーションにボランティアスタッフが立つと、お客さんが例外なく快く協力してくれたそうです。そして昨年は、資源物の回収が3.7トン、リユース食器の回収は96%に。これらが100%市民の力で始まったとのこと。大阪市民、やりますね。

ごみ減量ネットワークを主宰している北井弘さんは、さとびごころ の創刊時からお世話になっているジャーナリストさんでもあります。2号の特集「ごみゼロへの挑戦」を執筆され、今ではつとに有名になった徳島県上勝町、福岡県の大木町、神奈川県の葉山町などの例をいち早く紹介してくださいました。
ご自身でも、「ごみ減量ネットワーク」を主宰され、全国で講演活動もされています。
特集の最後に、


「この運動を進めていくにあたっては『鳥の目(社会の仕組みを動かそうとする活動)』と『虫の目(一人一人の活動)』の両方を備えた取り組みが不可欠だ」
 


「(日本での脱ごみ焼却の動きが芽生えつつあり)この小さな芽がすくすく育って10年後には大きな花をつけ始めることを、私は固く信じているし、そのために力を尽くしていきたい」
 

と、書き記しておられました。
そして、10年が過ぎました。北井さんの信念は変わっていません。
まだまだかもしれませんが、ごみを減らすことへの意識は確かに高まったと思います。少なとも、ソーシャルな活動が各地で活性化していることは確かです。さとびごころ も、こうした動きへの追い風でありたいと思います。

イベントは、たくさんの人が集まるので、意識づけにも役に立ちそうですね。そもそもごみを出さない、リユースする、リサイクルする、この原則でライフスタイルが変化していくといいですね。 

虫の目活動として、わたくし、遅ればせながら(過去に挫折経験のある)ダンボールコンポストを始めました。今はユーチューブが何でも教えてくれますから、自分にあったやり方を研究することができます。やってみると、これが意外にも楽しくて、毎日コンポストの蓋を開けて混ぜています。これをもちまして、我が家の野菜クズは消えることになりました。楽しいエコロジー、あなたも興味のあるところから始めてみませんか。
 


今年1月に発行した36号の特集「縄文の奈良」でお世話になった松田真一先生の講演「縄文社会の秩序と体系」を聞きに行ってきました。

 Unknown

第84回企画展「祈りの考古学―土偶・銅鐸・古墳時代のまつり―」の関連イベントとして開催されたもの。100名の会場は満席でした。

石棒、土偶、耳飾りなど、明らかに実用品ではないものを高い技術で丁寧に作り上げた縄文人たちは、自然の恩恵とともに脅威とも寄り添う暮らしの中で、人智を超えた力を信じ、安全や繁栄などの願いを叶えようとしたことが伺えることを、豊富な例を元にお話くださいました。

企画展は明日まで。今なら間に合いますよ。

天理の街路樹は美しかったです。次号の準備も頑張らないと!

松田先生、お声かけいただきありがとうございました。

https://www.sankokan.jp/news_and_…/…/sp84_kanren_kinen2.html

 

さとびごころ 編集部のブログへお越しくださったあなたへ、簡単にご報告しますね。
録音はしておりませんでしたので、曖昧なところは書かないことにしますことを、お許しを。

縄文時代は狩猟採集が中心です。その点、緑が豊かで、生物も多様な日本列島ほど有利な場所はありません。自然をよく知り、活用する高い技術も持っていたからこそ、長い年月にわたって縄文時代を維持できたのです。
自然の恩恵を受けながらも、同時に脅威とも共存しなければならなかった縄文人たちは、いかにして願いを叶えようとしたのか、遺跡からわかることをお伝えするのが、今回の趣旨となります。

縄文時代には、意味や用途の理解ができない道具や特殊な遺構が多種、大量にあります。これらは、当時の精神文化を写したものです。

石棒。男性のシンボルを表していることは間違いないでしょう。女性の性器を彫刻したものもあります。石を丹念に磨き上げており、相当な手間をかけています。
 
土偶。草創期の土偶は顔や手足がありませんが、年代が進むとともに、顔や手足、服装の文様などが描かれるようになり、弥生時代には衰退します。有名な、遮光器土偶は、青森県の亀ヶ岡から出土したもので、その地が最も繁栄した時である晩期に作られました。エスキモーの雪メガネに似ているものをつけていることから遮光器土偶と呼ばれています。
土偶は、胸の膨らみなどから女性を表していることが定説ですが、「呪術的な意味を込めて故意に壊した」という説については、違うのではないかと思います。なぜなら、土偶でなくても破損はしていること、中空のものが破損のかけらの数が多いことなどから、自然に破損したのではないでしょうか。
また、当時の高い写実力、デザイン力からして、女性そのものを写実的に表現することは可能だったと思われるのですが、あえてこうした象徴的なデザインになっていることを見ると、女性そのものというより生命の誕生、超人的で超自然的なものをイメージしたのでしょう。

装身具(主に耳飾り)
骨や石から作られたものや土製のものがあります。土製のものは中期以後に多く、一箇所から何千個も出土することもあります。耳は、対面した時にすぐに目に入ってくる位置なので、ここに装身具をつけることで出自や未婚既婚など個人の属性を表し、識別をしたのではないかと思います。ピアス式に、耳たぶに穴を開けてはめ込んで使っていたようです。最初は小さなものをはめて、だんだんと大きなものに変えていったのです。

土面
後期から晩期、東北方面から多く出土されます。顔に被って演技や踊りを演じたことが予想されます。

抜歯
ほとんどの人骨から、健康な歯を故意に抜歯していたことがわかります。犬歯や切歯が多い。成人、結婚などの通過儀礼と関わると思われます。

この他にも(レジメによると墓地、環状列石、環状集落など)ありますが時間がなくなりました。大切なことは、これらの祈りや儀礼行為は、決して思いつきや場当たり的に行われたのではなく、祈る対象や目的が明確です。儀礼は綿密に整えられ、その社会が共有する厳格な原則に基づく信仰体系が存在していました。秩序ある精神文化が醸成され、成熟した時代だったのです。

1時半から3時までの講演でしたが、縄文特集経験のおかげでおっしゃることがよくわかり、1時間半もかかったとは思えないほどに、時間切れになりました。松田先生も、お話されたいことがたくさんあったのか、ついつい時間配分を忘れてしまわれたようで、レジメの全てまではかないませんでした。


ここからは勝手なつぶやきです。
縄文の遺跡は、特に後期以後のものは本当に美しいです。造形にエネルギーが感じられ、まるで植物が意思を持って成長するような力を感じます。 その力が祈りだったのでしょうか。
縄文時代は全てが手作り。今も手作りする時、たとえ下手でもなんでも、祈りがこもるような気がしませんか。編集も「編む」という文字が含まれる通り、原稿の一つ一つ、言葉の一つ一つ、画像の一つ一つを編むような作業です。祈りや願いを込めて取り組みたいと思います。
現代にあっても、私たちの中に「祈る心」があることは変わらないと思います。ただ、現代人は祈る心がありながらも「非科学的だと切り捨てるべきなのだろう」という意識があり、縄文人は心の底から信じていた、もしかしたらそれは現実とリンクしていたのだろうと思います。
しかし、人間の意識の力の物理的な作用も解明されつつある時代、心をどのように保つことが大切か、縄文人たちの祈りを思いながら「人智を超えた何か」については、しっかりと心に留めていたいと思いました。










↑このページのトップヘ