さとびごころ編集部のblog

奈良のローカルマガジン「さとびごころ」の編集部からみなさんへ、取材のエピソードや、お知らせ、ご紹介したいことなどをお送りします。 http://satobigokoro.org/ https://www.facebook.com/satobico/

2018年12月

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さとびごころを定期購読してくださる皆様、
サポーターとなってくださった皆様
バックナンバーをご購入くださった皆様
お取り扱いスポットで手にしてくださった皆様
サイトを訪れてくださった皆様
執筆いただいた皆様
今年も一年ありがとうございました。

平成最後の、、、という言葉があちらこちらで聞かれます。
2018年が平成最後の年になるとは。

こんな年に、さとびごころは新しい一歩を踏み出しました。

新しい編集部はまだまだ、混沌とした体制ですが
このプロセスも味わいながら

さとびごころらしさとは?
自然にも人にもやさしいとは?
問いながら 見つけながら

ページの中に、それが現れるような
マガジンづくりができたらと思います。

「さとびごころ 読んでるの?」
「そうそう」
そんな会話で 
この人もそうなんだな、という繋がりが感じられるような 
何か気心が通じるような
そういう「媒体」になれたらと思います。


来年1月、冬号ができあがります。
さとびが大事にしていることが
あなたにも伝わると嬉しいです。

   さとびごころ 阿南セイコ








編集部 阿南です。

縄文が気になりだしたのは、2016年。
どうしても三内丸山遺跡にいかなくては。 と、まず現地へ行って下調べ。
当時は旧編集部時代でしたが、会議で提案すると「面白いね」と言ってくださったのが フリージャーナリストの神野さんでした。 その後もちょくちょく「縄文やりたいね」との思いは続き。

神野さんから「松田真一さんという人がいる」と教えて頂きました。 二上山博物館館長で、『奈良県の縄文遺跡』(青垣出版 2017年)の著者です。 (実は、学術的な内容で、すいすい読みこなせるような実力はないのですが)

一方で 現編集部としては 
2017年は、2018年からのリスタートを意識してシュミレーションの一年となり
2018年はリスタート初年として(編集以外のことについて)経験を積む一年に。
その間も、「縄文時代って何?」という思いで、 資料を読んだり見学に行ったりを続けました。

昨年秋には、「まず、松田先生を訪ねよう」と、
神野さんといっしょに二上山博物館を訪ねました。
そして、縄文時代を見直す意味について、
何か通じるものを感じることができました。

縄文文化の遺物はどうしても東日本のものが注目されがち、
「奈良」という切り口でどのように作っていこうか。
また、1万年続く縄文時代、何しろ長すぎる、
それを 限られたページの中でどんなふうに編集していこうか。
いろいろ検討していたところへ、松田先生から三つの遺跡をおすすめいただきました。

※ここで、ひとこと。縄文時代は、土器の形式によって6つに区分されています。 これは縄文を楽しむためにも、とても助かりますのでご紹介しておきますね。 草創期、早期、前期、中期、後期、晩期です。年代は諸説ありますので 東京国立博物館特別展「縄文-1万年の美の鼓動」図録をもとにします。 草創期が一番長くて、だんだん期間が短くなっていきます。
草創期 約13000年〜約9000年。
早期 約9000年前~約6000年前
前期 約6000年前~約5000年前
中期 約5000年前~約4000年前
後期 約4000年前~約3000年前
晩期 約3000年前~約2400年前



草創期から早期  として 大川遺跡(山添村)
早期から後期 として 宮の平遺跡(川上村)
晩期として 橿原遺跡(橿原市)

これに加えて、後期旧石器時代の話題として
二上山北麓遺跡を(香芝市)プロローグ的に載せました。

それぞれに、「そうだったのか」というコトが含まれていて
縄文時代の奈良を考えてみるための
アウトラインとなる情報になるのではと思います。

縄文時代がもっとも繁栄したのは中期頃からそれ以降。
多くの人がイメージする縄文文化はこの頃をさすのだということも
見えてきました。
そんなイメージと奈良との共通性や違いも感じられることでしょう。

また、日本人の日常の基層文化のほとんどが実は縄文時代に始まるいうことも
わかってきました。縄文は、弥生と入れ替わってすっかり消滅したのではなく
基層として、ついこのあいだまでは日常の中にたくさんありました。
ただ、わたしたちが学校で習うことはいつも政治史が中心であり
「中心」だけをピックアップして暗記することになります。
その時代時代の 名もなき人たちが何を信じて、どう暮らしていたかを
学ぶ機会が少ないために、見過ごされてしまうのですね。

特集の編集はいつも 登り坂を登るような体験です。
時にあえぎつつ 登り切ったときの気持ちを楽しみにしながら。
振り返ると、坂の途中に こぼしてきたものもあります。
この特集でやりきれなかったことも
これからの企画の中で、手や品が変わっても反映されていくものではないかと
思っています。

さとびごころ36号、来年になったらお届けします。
読んでいただけたら幸いです。


林業は、森に一番近い仕事。

さとびごころでは、毎号なんらかの森林に関するものを掲載しています。

「森とともに生きる」のコーナーでは、14代目の若手山主が林業のイノベーションに奮闘する連載を、「あすならもりだより」では、明日の奈良の森を考える学習会のレポートを。

 林業をひとつの職業ととらえてしまえば、
異業種の人にとっては 関係のない話になりますが、
森林にかかわる仕事と考えると、
 川下の市街地に暮らすわたしたちすべてに関係してくることです。

衰退したと言われたり、また、拡大造林された人工林をどんどん使おう!と 言われたり、
林業がむきあう課題はたくさんあります。

その渦中にいる人たちが、
匂いのように嗅ぎ取っているものは
街と森をつなぐというような言葉にあるように思います。

時代とともに、その必然性が薄れるなか、
これからの時代に合う、持続可能なかたちを
多くの人が摸索しています。
そんなギャザリングだったように思いました。

いろんなつながり方があると思う。

 さとびごころも、考えていきたい。

 

さとびごころのライターさんたち。
十分なお礼もできないのに

「書かせてほしい」
「書かせてもらって嬉しい」
「がんばる」
「もう少しスケジュールを調整して、さとびの時間もつくる」
「協力できることがあったら言ってほしい」

と言ってくださる。

本当にありがとうございます。
一人でうるっとなること、度々です。

さとびづくりは、一人では絶対に無理です。
編集長は、新米で、欠陥だらけ。
ただ、自然にも人にもやさしい場所(地域)が大切、
という思いだけで、自分にできることが編集するくらいしかなくて
器に合わないと知りつつもスタートをきってしまいました。

当然、壁もある。
誰かの言葉に 人知れずグサっときたりもする。
(心臓は鉄ではないタイプ)

そんなとき、あたたかい言葉、ポジティブな言葉に
救われます。

冬号づくりもこれから大詰め。
年末のあわただしさの中にありますが、がんばろう。

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下北山村で見せてもらった春まな。
元気そう。

【さとびごころが読める場所】 《山の家 harubaru》

世界一周ハネムーンを経て、導かれるように下北山村に移り住んだという小野夫妻。さとびごころに敏感に反応してくださいました。今年8月にオープンした、夫妻が運営するゲストハウス「山の家harubaru」に、置いてくださっています。

さとびごころを通してのご縁で出会った二人には、共感するところが多く、来年から奥さんのハルちゃんに連載をしていただくことになりました。お二人が手づくりしている「オノ暮らし」について伝えていただきます。こちらも、どうぞお楽しみに。  

オノ暮らし
 https://onogurashi.localinfo.jp/



FBページの「いいね」が296になりました。
今年30から始まったページです。
広告はせず、オーガニックだけの「いいね」。
おすすめしてくださった方もありました。ありがとうございました。

年内に300になるかな。ならないかな。

35号(2018秋)でご紹介した杉浦農園さま。
発行後、FBページでご紹介いただき、ありがとうございました。

杉浦農園さんのシェア

杉浦農園さまのFBページはこちら


32号の特集「地酒で味わう奈良」での出会いから、今回の特集につながりました。
ちょこっとご紹介しています。
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あれから一年です。リスタートしたばかりの頃でした。

一人で無農薬栽培をされていると聞き、「一人で?」と驚きました。
無農薬栽培に取り組む人たちと出会ってきましたが
人出不足に苦しみつつ人には言わずに頑張っている人が多かった。
杉浦さんも我慢強く努力されていました。
援農のしくみが農家にも都会に住む人にも
喜びをもたらすのではないかと、この特集を企画しました。


来年から2年目が始まります。
さとびごころのある人に、届きますように。

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