さとびごころ編集部のblog

奈良の地域マガジン「さとびごころ」の編集部からみなさんへ、取材のエピソードや、お知らせ、ご紹介したいことなどをお送りします。 http://satobigokoro.org/ https://www.facebook.com/satobico/

2018年02月

奈良県立大学県民講座へ行ってきました。
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平成29年度なら県立大学県民講座 第3回
鉄道資源の再活用と新たなまちづくりの可能性
〜京終駅舎の再生とまちづくり〜


京終駅は、旧さとびごころ編集局のすぐ近くにあり、筆者自身の最寄り駅でもあり、
レトロなたたずまいを大変気に入っていました。
その再生が昨年から始まっており、日頃から関心を寄せているところです。

まずは、当日の内容をご紹介します。

【第一部】 
観光資源としての鉄道駅の可能性 

(奈良県立大学 新納(にいの)克廣教授)
駅舎再生はなぜ求められているのか〜京都府と奈良市(京終駅)を事例に〜
(奈良県立大学 鶴谷将彦講師)

新納教授からは、かつて街の中心だった駅が車社会の台頭と入れ替えにさびれ、今では放置されて残っていること、それがかえってレトロな観光資源になる可能性があること、そのためには、観光自然としての位置づけ、機能性の整備や、費用負担、鉄道事業者との協力という課題があることが報告されました。

また、鶴谷講師からは、今回の市民講座が京終駅をめぐる住民参加のまちづくりの動きを知ったことがきっかけだったというお話。そして、京都府の笠置駅や、京終駅の事例から、駅舎の再生とはあたらしい付加価値を高めることであると定義されました。特に、京終駅の場合は、行政の押しつけでもなく、民間の営利目的でもなく、地域住民が駅とまちを愛する気持ちから自主的に動いている点が他に例がないとのお話でした。


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第二部のパネルディスカッションには、登壇者にさとびごころ編集委員の一人、神野さんが含まれていました。また、さとびごころバックナンバーでご紹介した安西さんも!

【第二部】 パネルディスカッション
テーマ   鉄道資源の再活用と新たなまちづくりの可能性
司会    下山 郎准教授
パネラー  徳岡健治 奈良市奈良町にぎわい課課長/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー)
      安西俊樹 (町家ゲストハウスならまち店主/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー) 
      神野武美 (元朝日新聞記者/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー)
      新納克廣 (奈良県立大学 地域創造部 教授) 
      鶴谷将彦 (奈良県立大学 地域創造部 講師) 

ディスカッションでは、京終駅が再生されることになったいきさつが詳しく報告され、いくつかの質疑応答や参加者からのコメントも寄せられました。 

徳岡課長の発言で知ったことは、そもそも京終駅がなぜ再生されることになったのかというと、地方創世の交付金が降りたことに始まるということ。何事も一番謎なのは、「資金はどこから?」なのですが、今回でそれがわかりました。その交付金によって「ならまちにぎわい構想」にもとづいて、ならまち、きたまちに加え、県南部への玄関口としての京終駅舎の再生が立案されたのだそうです。

そして、もうひとつ、この講座で知ったことは、ある偶然が重なったこと。それは、市の構想とは別の流れで生まれていた「京終駅を宝に思う会」による保存運動がすでにあったこと。それを知った同課が奈良市長を現地に案内し、「おもしろいのではないか」ということになったのだそうです。

話がそれますが、トップが「おもしろい」と発言することで、ぐぐぐっと動く、という点はポイントなのかなあと思いました。また、それに至るまでの水面下の動き次第で、ランニングできるかどうかが決まるのでしょう。

話を戻します。
そこで、奈良市としては「行政が考えると大手のコーヒーチェーン店やコンビニを呼ぼうか?、ステーションホテルを建てようか?などになりがちで、それではいけないのではないかという思いがありました。そこで、駅舎の建造物としての再生は行政が、その後の駅舎の生かし方や運営については住民におまかせすることにしたのです」とのこと。なんだか、勇気ある決断のようにも思います。
それを受けて、協議会が生まれ、役務室の活用が地元住民の若手からなる「京終青年団」が手をあげ、託されることになりました。

ちなみに、京終青年団のメンバーには、「紀寺の家」経営の藤岡俊平さんが含まれています。この方、次号のさとびごころに登場いただく予定になっております。

シニア世代と青年世代、夢見るところはそれぞれかもしれませんが、京終駅の保存と再生を望み、自ら動く人たちである点では同じです。駅舎の再生による地域づくりが地元住民の手で行われる、、、そんな取り組みが、最寄り駅で進んでいることを住民の一人としても興味深く聞きました。

昨今、いたるところで地域の居場所や交流拠点が生まれています。さとびごころ関連でいうと、今や全国区の知名度になったオフィスキャンプ東吉野もそのひとつ。全国各地の事例のひとつひとつに、それぞれ異なる背景や動機があることでしょう。山村では、長い目でみた移住推進という意図がありますし、都市部では失われがちな人と人との繋がりを再構築したり、衰退したエリアを活性化する意図があります。そして、その中心はカフェやシェアオフィスが多いように思います。

ここにきて、「駅舎」。

通過地点にとどまらず、地域に愛される交流スポットとなる可能性が見えてきました。また、古代の文化遺産が豊富や桜井を始めとする南部への玄関口として、観光客に喜ばれる拠点にしていくことも考えられます。これからの京終駅は、はたしてどんなふうに変化し、進化するのでしょう。



「僕は営利のために農業をしている。でも、この人たちはボランティアで僕の田圃で作業している。それでいいのだろうか?」

これは、秋津穂の里プロジェクトを主宰されている杉浦農園の杉浦さんの思いでした。

でも、結果的には、楽しそうに汗をかいているボランティアの人たちの笑顔を見て、「これでいいのかもしれない」と思ったそうです。

参考 さとびごころ32号特集「農家が無農薬で酒米をつくる 秋津穂の里プロジェクト」

わたしたちは、お金と自分の欲しいものを交換しています。
払ったお金と手に入れたものが見合うのかを考えながら。

「これで、これなら安い!」と思うと得した気持ちに。
「安くはなかったけれど、とても満足している」と思うと豊かな気持ちに。

そして、自分の能力や作業もお金に変えています。
時給の仕事なら、時間と作業能力を売ってお金を得ています。

では、「満足感、感謝、喜び」を得る場合はどうでしょう。
なかなか、お金に変えられない。

その相場感は謎です。
ボランティアを受け入れる側にも、一定の負担が生まれます。

おたがいに、これでいいという何かがあるから、成り立っている。

何かを提供して、お金と交換しないで「満足、感謝、喜び」をいただく。

そんな形も、この経済社会のどこかに
残っていてほしいと思うのです。。。

それは賛同する人たちとの
心の交流や共感がある場合に生まれるのかもしれません。
何をしているのか、なぜしているのか。

その延長線上に、おたがいにこれでいいという額の
お金が巡っていくのは、まっとうではないでしょうか。

「こんないいことをしています。だから寄付してください」という
呼びかけに、なんとなく戸惑ってしまう時は、
心の交流や共感がまだ生まれていないから、かもしれませんね。










32号の特集「地酒で味わう奈良」の監修でお世話になった天理市の登酒店社長、登さんと、
取材させていただいた杉浦農園ガンバファームの杉浦さんが
第61回のらマッチ勉強会の講師として登壇され、行ってまいりました。
30名近い参加がありました。(2月18日/ぷろぼの福祉ビル=奈良市にて)
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さとびごころ32号コンテンツ

最初に登壇された杉浦さんは、細身でもの静かな方。「話すことは得意ではない」と前置きがありつつも、さとびごころで紹介しきれなかった部分も含めて詳しくていねににお話しくださいました。

まずはご自身の紹介、酒米として秋津穂(奈良県産の飯米)を栽培するようになったいきさつ、そしてその秋津穂をあえて無農薬で栽培し、イベントとして街から人を募って手伝ってもらう「秋津穂の里プロジェクト」のお話。そのようすを写した写真がスライドで紹介されたところは、紙面ではなかなか伝えきれなかった部分でした。

ちなみに、御所には秋津という地名があります。秋津とは日本の意味ですね。古代文明の香りがする魅力的な地名だなあと、通りかかる度に思っていました。この地でも、かつては秋津穂が栽培されていたそうですが、コシヒカリのようなもっちりとした品種に人気が集まるようになると、それに比べてぱさぱさした食感で価格の安い秋津穂は衰退し、杉浦さんが栽培されるときはすでに栽培されていなかったそうです。
ところがこの秋津穂、病気に強く、倒れにくく、やや大粒で、酒米としては「微生物が入っていきやすい(故山本社長)」と、好適米なのだそうですよ。

もともと日本酒は得意ではなかった杉浦さんでしたが、栽培した秋津穂で醸造されたお酒を、タンクから汲んで呑ませてもらったときは「これが日本酒なのか!」と思うほどの美味しさに感動し、「続けよう!」と決意しました。

ここで里山の棚田について、杉浦さんのお話から。
「広範囲に棚田を利用するには、やっぱりお米。野菜を作るには手間がかかりすぎるのです。収益が低くても、お米なら作れます。しかも秋津穂は作りやすい。
山があって、里山があって、平野があります。里山の部分は、かつてはエネルギーも含めて全てが循環していました。それが今、どんどん荒れています。わたしのように就農する人は実際のところなく、後を継ぐ人もなく、耕作放棄地が広がっています。放棄された棚田には草がはえ、3年すると木が生えて、田圃に回復することは不可能になります。どうすれば、くいとめられるのでしょうか。とにかく、ここに人を呼びたい。そのために、無農薬でお米を作ってイベント化できないだろうかと考えました」

秋津穂の里プロジェクトはこうして発案されました。これを恐る恐る油長酒造に提案すると「おもしろいじゃないか」との返事が。また、杜氏の方も初めての無農薬栽培による秋津穂の醸造に、チャレンジしてくださったそうです。

これまで一人で営農されてきた杉浦さんでしたが、秋津穂の里プロジェクトをやってみて、「みんなでやればこんなに楽しいのか!」という発見がありました。農業は、一人でやると終わりの見えない程に時間がかかりますが、チームでやると驚くほどはかどり、しかも共に働いた共通体験が生まれ、収穫の喜びをわかちあうことができます。
プロジェクトは、杉浦さん自身の考えも変える作用があったようでした。今では、台湾などから滞在してファームを手伝う若者も集まるようになりました。農業の素人でも、人が集まればできるのだという驚きがあり、ホストする大変さはありますが、喜んでくれる笑顔を見ると楽しさが上回るそうです。


秋津穂の里プロジェクトは、一年だけの取り組みのつもりでしたが、「酒米づくりが人を呼ぶことにつながっていくのでは、、、」という手応えがあり、参加者からも「来年もぜひ」という声があり、今年も行われるそうです。
一年を通しての参加に限られ、田植え、草取り、収穫までを、「来れるときだけ手伝う」というしくみ。参加費もなく、報酬もありません。ただ、うちあげでかわす一献は格別の味わいです。

このプロジェクトの特徴は、草刈りへの参加が条件であること。田植えや収穫だけをイベント化する例はあるそうですが、「必ず草刈りをしてください。草の生える期間中、来れる時だけでいい。ふらっと来てもらえればいい」というゆるいミッション。無農薬でもっとも大変なのは、夏場の草刈り。「僕一人でやっていたら、たぶん死んでいたでしょう(笑)」。

また、わたしたち街に暮らす者にとっては、日頃土に触れる機会がなく、さりとて家庭菜園や就農も実際のところハードルが高いものです。お金を使うだけの遊びをするよりも、こうした機会に土に触れることができるなら、なんだか楽しそう。筆者も田植えや草刈りを体験したことがありますが、日頃使わない筋肉が痛み、それが不思議と気持ちが洗われるようでした。滝のように汗をかき、へとへとになるのですが、水筒の水が信じられないほどに美味しく、風がそよぐと感謝の気持ちさえ湧いてくるのです。そういうわけで、今年は、ぜひとも参加させていただこうと思う次第です。

(余談ですが次号33号でも「援農」をキーワードとした記事を掲載予定です)

秋津穂の里プロジェクトに興味にある方は、杉浦さんまでお問いあわせください。
https://www.facebook.com/sugifarm(メッセージからご連絡ください)
ブログはこちら http://gamba-orgfarm.jugem.jp/

変わって二番手は、登社長。
100年続く天理市内の酒店。かつては注文を聞いて運搬するだけでよかった酒店は、大手量販店やコンビ二でも酒が買えるようになってから「このままではいけない」と危機感を感じるようになりました。そこで考えたのは、「店に来てもらえる酒店」。外観や内装をおしゃれにして、地酒にこだわりました。そしてある時、奈良は日本酒の発祥の地と知り、酒蔵をまわって酒を研究しはじめると、蔵のタンクからくみ出したばかりの無濾過生原酒のおいしさに驚きました。そこから、奈良の地酒に力をいれ、「本当に美味しいと感じた酒、本当に応援したいと思った酒蔵」にこだわり、冷蔵庫で管理し、お客様には無料で試飲もしてもらい、きちんと説明してから買っていただく現在のスタイルができていきました。無濾過生原酒は酵母が生きており、扱いに配慮が必要です。蔵のひとつひとつにドラマや物語があります。だからこそ、常温の棚にただ並べるだけでは売ることができない酒。奈良の地酒の蔵元と信頼関係を築き特徴を熟知している登酒店だからこその酒を売りたいとのことでした。
10年前に息子さんが帰ってこられ、ともに店を切り盛りしながら充実したHPを構築されています。このHPを詳しく読むだけでも、奈良の地酒を語れるほどになるかもしれまません。
登酒店
http://www.nobori-sake.com/

店で売る酒はすべて試飲するという登酒店。開栓した酒をお客様にも試飲用として提供されているというわけなのですね。

天理駅からも歩いて近いので、お店に行かれる場合はぜひ電車がおすすめ。そして試飲してみてください。同店おすすめの酒の美味しさに、日本酒の概念が変わることでしょう。


勉強会のあとは、ぷろぼの食堂で懇親会が行われましたが、筆者は所用で欠席。参加できれいてば、杉浦さんの田圃でできた秋津穂から醸した特別酒「笑う門には福きたる」が呑めたのですが。

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再会した登さん、杉浦さんにごあいさつ。ありがとうございました。












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さとびごころ33号の取材で、明日香村の「森ある暮らしラボ」さんを訪ねました。


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運営しているのは、22号から4回に渡って「森とともに生きる」のコーナーで連載をしていただいた久住さん。最後の連載の後、久住林業をたちあげ、「森と日常をつなげたい」というビジョンの実現化へと一歩一歩進んでおられて、嬉しくなりました。さとびごころも置いてくださっています。

次号では、推定築100年の空き家を借り受け、昨年夏から少しずつ改修を重ねてこられた様子をお伝えする予定です。


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ラボはまだ不定期なオープンですが、19日には空き家 再生のワークショップが予定されています。


https://www.facebook.com/events/2035558446657128/


追記

今回の記事は古民家がテーマですが、このラボについても伺いました。
久住さんは明日香村に引っ越してきたのが2012年。そのとき、空き家バンクに登録されていたこの家を住まいとして一度検討したことがありました。しかしそのときは、あまりの老朽化のため改修にお金がかかりすぎることを考え断念したそうです。その後、久住林業をたちあげ、2017年、「森と日常をつなげるとはどういうことなのか」を関心のある人たちとともに考えていこうという文字通りのラボ(研究所)として、再び借りることにしました(明日香村では、ご縁やオーナーとの理念がマッチしないと古民家を借りることは簡単ではないようです)。あらかじめのゴールを決めずに、スタートを切ってしまう方法は、面白いと感じました。物事が成就するには、偶然の余地が残っていることが大切なのではないかと、最近思っているので、なにか符合するような気がします。

編集長よりのメッセージです。

「さとびごころ」は、100年住み続けたい奈良をキーワードに季刊で発行している小さな地域マガジンです。地域研究会俚志による創刊の2010年以来、編集を担当してきたオフィスエルインクが、2018年からは運営をバトンタッチされることになりました。これまでどおりの季刊ですが、この機会に少し新たな気持ちで発刊していきたいと思っています。

「自然にも人にもやさしい奈良」-----なんだか、ありきたりな言葉になってしまいますが、これがこれからのコンセプトです。

どんなに科学技術が進歩しても、今ある自然が健やかであり続けなければ100年後の幸福は考えられず、どんなに制度が出来ても顔の見える信頼関係や思いやりがなければ、孤立や分断を生んでしまう。
自然にも人にもやさしい地域づくりが求められています。

編集部では、ページ数も発行部数も限られた小さなマガジンなりの切り口を見つけてお届し、読後に自分たちが暮らす奈良をまたひとつ愛しく思えたり、誰かにやさしくなれたりするといいなあと願っています。また、よそ行きの奈良よりも、土着の奈良に寄り添う地域マガジンであることが「さとびごころ」の役目であるとも考えています。

なお、「さとびごころ」は一部をのぞき書店には並ばず、定期購読される方やサポーターの皆様に支えられているため、あまり知られていないことでしょう。ホームページでバックナンバーを公開していますので、ご興味のある方はどうぞご覧ください。そして、もし共感してくださる方がありましたら、応援していただければ幸いです。

                                           さとびごころ編集長  阿南セイコ

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