さとびごころ編集部のblog

奈良の地域マガジン「さとびごころ」の編集部からみなさんへ、取材のエピソードや、お知らせ、ご紹介したいことなどをお送りします。 http://satobigokoro.org/ https://www.facebook.com/satobico/

2015年09月

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こちら、さとびごころの交流スペース仮称「よりあい処」に設置されたばかりの照明です。

さとびごころの編集局が京終の古民家に移転して以来、改修を続けてきた交流スペースが、発展途上ではありますがひとまずみなさまをお迎えできる状態になってまいりました。最近は天井に照明がつき、部屋を暖かい光が照らしてくれています。ここらで一度、読者の方や執筆いただいた方、取材させて頂いた方達が出会い語らっていただくための交流会をしたいと思います。よろしければ予定を空けておいてくださいませ。

11月28日(土曜日)15時〜20時頃まで(出入り自由)
 
会費 飲む人1000円 飲まない人500円 

大浦編集長の手料理は確実に出てくるはずです。お酒の持ち込み歓迎。お気軽にお誘いあわせのうえご参加ください。ご参加予定の方は編集局までメールでお知らせいただけると助かります。


「よりあい処」は、JR京終駅から徒歩約3分。奈良交通バス市内循環北京終バス停から徒歩約1分。
おわかりになりにくい場合は、当日お電話くださいませ。
TEL 0742-94-6805(さとびごころ編集局)
MAPはこちら

奈良で活躍するスポーツチームを
フリージャーナリストの神野武美さんが
レポートしてくださっています。

【今年からJFLへ昇格し、J3を目指す奈良クラブ】


【奈良初のプロチーム、バスケットのバンビシャス奈良】


【地域密着型のチームをめざすシェルボ奈良サイクリングチーム】


どれも、スポーツチームが地域を元気づけている点に
注目しながら取材してくださいました。

さとびごころ秋号は10月10日の発刊予定です。

100年後・・・このブログをお読みなっている方は
きっとこの世にいません。

今ある地域や仕事の中にも、100年後には存在していないかもしれない
ものがあるでしょう・・・。

それでも残したいものがあるとしたら
それは、今を生きるわたしたちにとっても
大切な、大切なものだとわたしは思います。

また、100年前から今に続くものの中にも
失ってはならないもの
未来へのヒントになるものがあると思います。

水と緑と土、信頼と思いやり。

それぞれの人が今暮らしている場所を
愛する心が「さとび心」なのかもしれません。

奈良だけが100年住めたらいいのではないのですが、
わたしたちが今暮らしている場所は奈良。

そういう意味では、奈良に訪れる人を増やすため、、、よりも
今、奈良で暮らしている人のために作っています。

小さなマガジンは、まだほんの一部の人にしか
届いていませんが、
少しずつ努力を重ねて、
奈良で暮らす幸せをシェアできるような
マガジンになりたいと思います。

印刷部数に限りありますので
どなたでもお読みいただけるようwebでも公開しています。
http://satobigokoro.org/

冊子をご購入くださる方や、支援してくださる方に
支えられて発行できています。

行き届かないところ、
未熟なところ、
協力してくださる方に充分に応えられないところ、、、
課題も受け止めながら、
学びながら、チャレンジしながら、
編集していきたいと思っています。

さとびごころをよろしくお願いします。

編集人 阿南セイコ
 satobi@office-l-ink.com


奈良県で、アロマテラピー、メディカルハーブ、フィトテラピー等自然療法が総合的に学べる自然療法森野の校を主宰されているクレメンツ・カオリさんの教室を訪ねました。さとびごころのうちあわせです。

ささっと出してくださったのが薬草茶。疲れを癒したり、女性の体にいいのだそうです。

薬膳茶

 クコの実、なつめ、シナモン、龍眼肉の薬膳茶



美しい色にみとれ、カップに注がれたお茶を一口いただくと、ほんのり甘く、シナモンのいい香り。
お砂糖は入っておらず、すべて実が持つ自然の甘さと聞いて、意外でした。

カオリ先生(と、わたしはお呼びしています)は、薬膳茶というと、良薬口に苦しの煎じ薬のイメージがあるけれど、見て楽しく、香って気持ちよく、飲んでおいしい薬膳茶もあっていいのでは、ということでこのような薬膳茶を作ってくださいます。

さとびごころのバックナンバーでインタビューさせていただいたのがきっかけで、ご縁をいただきましたが、今回またこうしてうちあわせでお会いすることができ、ときどき肌寒くさえ感じるようになったこの時期に、温かい薬膳茶でもてなしていただけたことがとても嬉しいのでした。

お茶を楽しんだあとは、「実も食べられるのよ」と、こんなふうにしていただきました。お茶の中に成分が解け出した後なのに、ほんのり甘くおやつのようです。

薬膳茶の実


 小さな器に入った薬膳の実をスティックでいただきました。



カオリ先生には、病院に行くまえに、医薬品を飲むまえに、家庭でできる健康のための身近な知恵をご紹介していただきます。秋号で掲載の予定です。お楽しみに。

さとびごころ秋号の原稿が続々ととどき、
制作に入っております。

そのなかで、本誌で紹介できなかった記事を
ひとつ、こちらでご紹介します。

毎号連載しております「読書さんぽ」のコーナー。
読書さんぽナビゲーターの嶋田貴子さんがおすすめの図書を紹介してくださいっています。
今回の特集にも関連のあるツボを抑えたチョイスになっております。

そのはみ出し記事はこちら。

日本の蹴球


奈良の伝統球技といえばー。桜井の談山神社けまり祭が思い浮かびます。ところが奈良時代に行われていたのは、蹴鞠じゃなくって打毬(だきゅう、うちまり)。打毬とは、馬に乗ってゴルフみたいなのをする、ポロ(ラルフローレンですね)。なるほど、こちらの方が古代の奈良っぽい。今の蹴鞠は、明治天皇の勅命により設立された保存会によるものとのことで、なるほど、ここにも権力が・・・。

日本の蹴鞠 池修/著 光村推古書院

談山神社けまり祭、ご覧になったことがありますか?
明治天皇の勅命によるものとは知りませんでした。
打毬って、どのようなものなのでしょう?
ボレーの連続????

興味のある方、読書の秋のおともにどうぞ。

ほかにも、注目の3冊が控えておりますが
それはぜひ秋号をお手にとってご覧下さいませ!



京終しか煎餅とばし

フェイスブックで、しか煎餅とばし大会のお知らせがありました。
京終玉手箱と同時に開催されるもようです。

以下転載させていただきます。上記の問い合わせ先となっております
ゲストハウスならまちのオーナーで安西 俊樹さんの投稿より・・・





京終玉手箱で入浴券???

今日は、奈良県立大の学生さんが、夏休みにもかかわらず京終駅周辺の戸別訪問をしてくれています。

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私たちは、無人駅となっている京終駅に賑わいを作りたいと思っています。
9月13日(日)に、京終駅で「京終玉手箱」という名前の古本市をします。
そして、地元でできた大きなせんべいを飛ばす「京終せんべい飛ばし大会」をします。是非参加してください。

せんべい飛ばし大会では、せんべいを遠くに飛ばした方に景品を出しています。もし、プレゼントしても良いなと思われる景品がありましたら、寄付頂けたらありがたいです。
**********************

有難いボランティア活動です。

このようにして京終駅周辺のお店を回りますと、多くのお店の方より、「頑張ってや!」と、声がかかります。

真新しいおもちゃ
自分で作ったアクセサリ
タオル

そして、頂きました! お風呂屋さんからは入浴券を綴りで寄付して頂きました!

お志、ありがとうございます。

京終駅の近くには、徒歩で行けるお風呂屋さんが5つもあります!

京終玉手箱では古本市+アルファを楽しんで頂いて、

せんべい飛ばしの後は・・・・、
 お楽しみ!
 是非一風呂浴びて頂くようお勧めします!

みなさんの温かい志に、感謝!


次号の「京終界隈」のコーナーの取材のため
編集長とともに、
イゲタ醤油醸造元、株式会社井上本店様へ行ってきました。
(今日は長いですよ)

通りからレンガの建物がのぞいているのが
前から気になっていたのです。
昭和レトロなお店の雰囲気も。

事務所入り口まわりから、すでにレトロです。
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事務所にあがらせていただき、吉川修代表取締役社長のお話を伺いました。
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イゲタ醤油の創業は元治元年(1864〜1865にまたがる)と伝わっているそうです。もともとは猿沢池の近くにあったそうですが、戦時中に先々代が将来を見越して京終のこの場所を購入、戦後に移転してきました。当時、ここが物流の拠点だったことがうかがえますね。

レンガづくりの建物は、当時の最先端仕様でした。イゲタ醤油の以前は氷店が営まれていたとのこと。戦中は陸軍におさめる醤油を扱い、製造すること以上に小売りもさかんで繁盛しました。当時は今と違って、混合醸造(本醸造の諸味(もろみ)にアミノ酸液(または酵素分解調味液、または発酵分解調味液)を加え、短期間で熟成させる方式)による製法をとっていました。しかし、戦後は借金とともに苦しい時期があったそうです。それを再建されたのが先代社長。
昭和30年代に、得意先からの声かけがきっかけで、丸大豆を使って昔ながらの作り方に切り替えました。理系肌の先代は、科学的な根拠での検証も行いながら、人手をかけるところと機械化して合理的に進めるところを工夫して今の製造方法を開発されたそうです。それと同時に味噌、塩、麹なども扱い、店舗では酒屋を営み、地域の人からも「お酒屋さん」と思われていたとか。今はイゲタ製品が並ぶ直営店ですが、まさかお醤油を製造されているとは気づかない人が多いと思います。わたしもその一人でしたが。時代とともに、無添加の食品への関心が高まり、近年は塩麹のブームもあり、わざわざ調べて買い求めにくる人も増えているそうです。
「先代の決断がなかったら、どうなっていたか・・・(笑)」と吉川社長。

 それを継承された吉川社長は、実は2000年までサラリーマンをされていたと聞いてびっくり。そういえば、井上さんではなく、吉川さんです。

 奥様が先代の娘さんであり、独身時代には実家を継ぐという想定はなく、就職先の会社で吉川さんと出合われ、お嫁入りされました。しかし、後に、井上家のご長男が後継ぎをされないことが決まり、「誰も継がないのならば、たたもうと思う」という先代の言葉をきいた吉川さんは、「おいしい醤油がなくなるのはもったいない、自分たちのぶんだけでも作れないか」と考え、「わたしでもできるでしょうか」と先代に相談されたそうです。その答えは?


 「大丈夫、大丈夫!」


 「実際には全然大丈夫ではありませんでしたよ。先代は理系、わたしは文系。先代の意味する大丈夫は、わたしにとってはハードルの高いものでした。わたしがここにきて半年後、片腕のベテラン社員さんが、ケガのため退職されることになりました。その人に教えてもらうはずが、それもできなくなり、2007年に先代がなくまるまで、何から何まで聞いて試行錯誤しました。」

 そんな吉川さんは、「醤油は麹菌が作ってくれるもので、自分が作るという考えがおこがましいのかもしれません。わたしたちは、それをいただいているだけなんです。」とおっしゃいます。
 年に一度しか仕込まない醤油づくり。先代は50年の経験がありますが「50回しか仕込んでいない」とおっしゃったそうです。毎年、毎年がチャレンジなのですね。


 さて、これからは工場のほうを見せていただきましょう。わたしの下手な撮影でごめんなさい。機会がありましたら、もっと上手な人に再撮影させていただけたらと思います。

 いろいろと、古い道具に目がいくわたし。
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昔は、これで麹を作りました。ここにお米を広げ、こうじ菌をふりかてムロへ入れるのです。

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建具、窓枠なども、いい感じです。
こんな場所で作られるお醤油の麹菌は、機嫌よく暮らせるのではないかしら、などと思うわたし。


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そして外観が気になっていたレンガづくりの建物へ。

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倉庫としても使われています。

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他の目的に転用していない現役のレンガづくりとしては、めずらしいそうです。



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こちらは、小麦を煎る機械。大豆とあわせてもろみの原料になります。



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となりの棟では、大豆の釜。
さきほどの小麦とミックスして、次の工程へ

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この部屋で麹菌が活動します。最初は温めて、菌の活動の活性化を促しますが
活動が活発になってくると、熱が高くなりすぎるので冷やします。
熱が高過ぎると菌が死んでしまうのです。

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こちらでゆっくり醸造します。
木の枠が見えますが、これは、2年以上寝かせるものはアルコールが飛ばないように蓋しているのだそうです。(ガラス越しの撮影のため、見えづらいことをお許しください)

これを絞り、油分を分別し、熱処理したものを充填します。
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回転寿司で見るような原理で動くベルトですね。

最後に、研究室も少しだけ、見せていただきました。
先代社長の「プロジェクトX」のお部屋、と言えるのではないでしょうか?
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イゲタ醤油さんは、行政主催の味噌づくり教室の講師をされたり、レストラン主催の塩麹づくりの講師をされたり、工場見学も受け入れてくださるなど、市民に対して親しみをもって交流してくださいます。ファンになりますよね。

「さとびごころでも見学会をしましょう、編集長。このような場所のこと、もっと他の方にもお伝えしたいですよね」と、わくわくしはじめるわたしを、吉川社長が静めるようにおっしゃるのでした。
「声高に宣伝するよりも、ほんとうに美味しいと思ってくださる方が次の方へ伝えてくださるのがいちばんいいんです・・・」

社長、心配ありません。さとびごころの読者の方は決して多くありませんから!(?)

ここで、忘れないうちに書いておきたいことがもうひとつ。
絞り出したあとのものは産業廃棄物になるのでしょうか。それとも肥料等に使われているのでしょうか。答えは、後者です。かつては、産業廃棄物として処理していましたが、処理料が値上がりして困っていた時に、ちょうどイベントで出会った方から「肥料としてもらえないか」という話があったそうです。もちろんOK。すると、同じ農法をされている他の人からも依頼されるようになり、今では捨てるものがなくなったそうですよ。

さらにもうひとつ、醤油の仕上げ段階で、分別される油分ですが、こちらも工場内で燃料として使われており、石油もガスも使わないそうです!

では、事務所に戻りましょう、と促されながらお礼を繰り返すわたしたちの前にあったもの。
それは、、、、試食でした!!

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左から、濃いくち、濃厚、うすくち、そして味噌です。

わたしの好みの醤油は、塩辛いだけでなくコクやうまみがあるもの。(誰でもそうでしょうか?汗)
おいしくないはずがありませんが、味だけでなく、暮らしのすぐ近くで昔ながらの製法で、声高に宣伝されることなくファンに愛されているお醤油をこそ、我が家の醤油にさせていただきたいと思うのでした。

お味噌もまろやかで、かつ、しっかりした味です。

さらに!このような、おいしいものをいただきました。
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ホット甘酒ミルクです。お米由来の、あまーい味。ミルクのまろやかさとピッタリ。
とどめをさされた感じです。



最後にお店でショッピングしようとすると・・・・
なんと!おみやげまで頂いてしまったのです。
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こい口醤油と、甘酒の素。ど素人のわたしでも大丈夫なように、甘酒レシピつきです。
なんということでしょう。この場をかりまして改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。


イゲタ醤油さんの記事は10月発行のさとびごころ23号「京終かいわい」のコーナーに掲載いたします。大浦編集長が原稿作成を担当します(締め切りを守ってくださいね)。


わたしが購入したもの...。
FullSizeRender
そうめんつゆ360ml ¥395
五徳味噌500g ¥520
あらしお600g ¥150


イゲタ醤油さん、京終を歩かれることがありましたら、立ち寄ってみられてはいかがでしょうか。


イゲタ醤油醸造元 株式会社井上本店
〒630-8322 奈良市北京終町57
TEL0742-22-2501 FAX0742-27-3095

















 







創刊時には高畑にあった編集局は
2014年1月1日から、北京終町に移転しました。
これが、「ほんの少しずつですが進んでいます」(カテゴリ編集局改装)の
近未来オープン予定の「よりあい処」の場所でもあります。
よりあい処予定スペースの奥で
いつも編集会議をしています。

京終と書いて、「きょうばて」と読みます。
難読地名として有名だそうです。
初見で読める人は、なかなかいませんね。

わたくし(管理人)も、これにともない
京終周辺を歩くようになりました。
そこで、次第にいろいろと気づいていったのです。

編集長が「京終さろん」(※1)に通うようになったらしいこと。
編集長は京終玉手箱(※2)に参加しているらしいこと。
編集長は京終界隈の記事を書くのが、けっこう楽しいらしいこと。

何に一番気づいたかというと、
いかに自分がそれまで京終に関心がなかったか、ということでした。
そして、関心を持ってみると、面白いところじゃないかと
思うようになったのでした。

その大きな助けになったのが
こちらのマップです!
map2014sam


「きょうばて見どころ会」さん発行の「きょうばて見どころ案内」という
フリーペーパの片面全部を使ってのかわいらしいマップ。

このマップは下記のサイトから
ダウンロードできるようになっているのですよ。

ありがたいことです!

http://kyobate-k-map.blogspot.jp/

もともとは、迷える観光客さんに、説明するのが難しい京終界隈を
わかりやすく案内するために作ることになったもの。
地図ができてみると、住民の間に「町づくりに生かそう」という
機運が生まれていったそうです。

ちまちまと眺めているだけでも楽しいのですが
そのうち、確かめたくなり、歩いてみたくなるマップです。

歴史に詳しい人ならば、通な話題もたくさん掘り出せそうです。
昭和的レトロ感の好きな人ならば、散歩するだけで発見があります。
細い道が多いぶんだけ、車の通りが少なく、毎日が歩行者天国。
ちょっと一休みしたくなったら、カフェらしいものはまだありませんので
京終駅の待ち合い室はどうでしょう(個人的意見)。
ならまちや、きたまちのような流行最先端の町ではないのです。
少し静かな、普段着の奈良を楽しめる京終界隈です。

仕掛け人の方は、町屋ゲストハウスならまちの安西さん。
さとびごころでも、一度はご登場願いたいと思っている方でもあります。

※1 京終さろんとは?

2012年11月、マップの完成祝賀交流会と、京終界隈の発展祈願をかねて
開かれたのをきっかけに、以後月1回、講師を招き、行われている学習会。
住民や、住民以外の京終好きな人たちが
50人くらい集まってきて、いつも盛況とのことです。
管理人も行ってみようかしら。もう満席かしら・・・。

※2 京終玉手箱とは?

JR京終駅前で行われている一箱古本市です。
これについては、素敵な紹介ページがありますので、
そのまま転載させていただきましょう。
京終玉手箱のご本家ともいうべき、大門玉手箱さまのページ
http://tamatehako.exblog.jp/19578992より

駅には出会いと別れの物語があります。
ひとが行き交うところには、必ず素敵な出会いが待っています。
いま「なごりゆき」の季節ですね。
いろんなことを卒業しながら人は生きていきます。
それぞれが違った行き先の列車に乗っていても、
どこかですれ違っているのかもしれません。

京終駅は、JR万葉まほろば線の小さな無人駅です。
明治時代に建てられた駅は、
何度も修理されて今もこの地にひっそりと佇んでいます。
時代に取り残されても、地元の人に愛された証だと思うのです。
いまは2両編成のワンマンカーが、毎日せっせと幸せを運んでいます。

今の時代だからこそ、その小さな駅舎は輝いてみえます。
のこっていたからこそ、その輝きは深みを増します。
大門玉手箱では、これまでそんな輝きを素敵だと思ってくださる方と、
たくさんの物語をつむいできました。
これからも、
もっと素敵な物語を皆さんとともにつむいで行きたいと思っています。
京終駅でも「玉手箱」が産まれようとしています。

地元の人といっしょにつくる「玉手箱」。
本だけでなく、ひととものが賑やかに行きかう場所をつくりたい。
たくさんの「想い」がつまった「玉手箱」です。
ぜひ皆さんも一緒に「京終玉手箱」のふたを開けてください。

一箱古本市+あるふぁ「京終玉手箱」まほろばステーションは、
2014年4月12日(土)にふたをひらきます。
詳しくは、「京終玉手箱」のブログをご覧ください。
みなさんのご参加をお待ちしています。




ロマンチックですね。それまで、ときどき利用していた駅ですが
さびれながらも、保存してほしいと願わずにはいられない駅舎を保っています。
この文章を読むと、京終駅がたちまち、今まで以上に
「イメージのいい」駅に感じられてしまいます。

次回は9月13日にあります。出店者も募集中とのことですので、
興味のある方は問い合わせてみては。
さとびごころ編集局でも問い合わせを受け付けています。

この、京終玉手箱も、安西さんがいろいろとお世話されていると
編集長からうかがっております。
また、安西さんは「京終がゲストハウスロードになったら面白い」ともおっしゃっていました。
ご自分のところだけでなく、他の人がオープンされることにも協力的です。
競合店が増える、という発想でなく、
みんなで賑わいを作っていこうとされる「シェア」の発想。
なるほどー。


町を活性化するって、どういうことなのでしょう?
大好きな町のことを、好きになってほしい、知ってほしい、
住民同士で交流したい、何かおもしろいこと企画したい・・・
そうして、賑わっていくのかな。

そこに住む人、そこで活動している人自身が楽しむのが
いちばん素敵なことだと、マップをながめながら思うのでした。





最後に、さとびごころのバックナンバーで京終のとりくみを紹介したページがありますので
そちらをご紹介しましょう。

2014年春号(17号)より
地域活性化の耳寄り話「京終さろん」から町おこしへ
(取材・文 神野武美)

 「奈良町」は、北は猿沢池の付近から南は市内循環のバス通りまでの観光客でにぎわう古い町並みのある「景観形成地区」付近と思われがちである。が本来は、北は東大寺の北側や奈良女子大周辺のいわゆる”きたまち“から、南はJR京終駅近くの”“までの広大な町域を指す。それは江戸時代、奈良奉行所(今の奈良女子大の敷地)が管轄し、周囲を「鹿垣で囲んだ区域であった。「奈良町」の一角にある奈良市の出先機関「奈良町にぎわい室」では、観光客でにぎわう辺りを平仮名の”ならまち“、本来の町域を漢字の「奈良町」と区別し、奈良町全体の活性化に取り組んでいる。
 ”きたまち“は近年、閑静な住宅地に歴史的建造物が点在する景観から散策する人が増え、東大寺わきの旧南都銀行手貝支店や奈良女子大正門前の旧鍋屋町交番というレトロな建物を改修した案内所に観光ボランティアガイドも詰めている。

無人駅前の寂れた感じの街

 一方、「バス通り」より南の”京終“は、幾つもマンションが建ち、住宅や事業所が混在する見た目は「ふつうの街」に近く、無人駅のJR京終駅前には喫茶店もなく、むしろ寂れた感じがする。それでも難読地名の「きょうばて」が示すように歴史のある街である。
 この街を活性化させようと、住民たちは月1回(原則第3木曜夜)、「京終さろん」という学習会を開いている。2012年11月の初回は、「きょうばて界隈MAP」の完成祝賀交流会兼「京終界隈の発展祈願祭」として飛鳥神社(別名・京終天神社)で開かれた。MAPの制作は、北京終町の「町屋ゲストハウスならまち」の主人、安西俊樹さんが仕掛け人である。ゲストハウスに泊まる外国人はJRパスを利用するため、下車するのは近鉄奈良駅ではなくむしろ京終駅。ところが、駅前の変形四差路のせいで方向感覚を失い迷子になる外国人が続出し、それを救うのが当初の目的であった。

街の歴史や文化遺産を活そう

 MAPはイラストで、駅北側の道案内やお店だけではなく、京終の古代から近代までの数々の歴史文化遺産も紹介しており、それを見た住民たちは「それらの遺産を活かした街づくりはできないのか」と思うようになった。「さろん」の会場は飛鳥神社と古代寺院「紀寺」の後を継ぐ璉寺。安西さんと住職の下間景甫さんが世話人である。毎回、奈良の歴史や文化、近代化遺産に詳しい専門家や市民、「朱墨」の製造など伝統文化の担い手などを講師とし、住民のほか関心のある市民ら40~50人が集まり、会場はいつも満員である。講演後は弁当を食べ、缶ビールを飲みながら自己紹介や自分の活動を発表する。
 実は、筆者も2013年9月19日に講師を務めた。その年の1~7月に京都市文化財マネージャー育成講座(建造物)を受講。修了レポートとして5人の仲間とともに「京終駅舎の保存活用及び奈良町・京終地区のまちづくり構想」をまとめ、それを住民向けに発表したという次第である。構想を一言で表すと、「京終を奈良(大和)の『深さ』を学ぶ拠点にする」である。京終には2軒のゲストハウスがあるが、かつて文人墨客が泊まった旅館「日吉館」のような宿泊施設を増やすのが第一。県立図書情報館の分館をJR京終駅前(構内とその周辺は遊休地が多い)に誘致するのが第二。それは、県外や海外からの来訪者が講座を受講し、相談員と対話し、情報端末を利用して「奈良を学ぶ」利便を図るためである。

来訪者を桜井や吉野に誘う戦略
 
 しかも、文化財の保存科学で実績のある元興寺文化財研究所が近く、京終(レコード会社「テイチク」の本社工場跡)に移転してきて、市民や学生向けの講座を開く予定である。つまり、宿泊施設と図書情報館と研究所の3点セットの「学びの拠点」である。「大仏とシカだけ見て日帰り」になりがちな奈良への来訪者を”京終“や”ならまち“に泊まらせ、京終駅からJR万葉まほろば線に乗って南へ、天理、桜井、明日香、橿原、吉野、五條、宇陀といった歴史文化豊かながら来訪者が少ない地域へいざな誘う戦略である。
 「京終」の由来は奈良時代にさかのぼる。平城京には「」という東に張り出した京域があり、東大寺、興福寺、元興寺といった有力寺院が立地していた。外京の南北中心線には「東六条坊大路」、南端に東西に「五条大路」があった。この2つが「T字型」に交差する付近が「京終」である。東六条坊大路から1本東寄りの通りは、平城京と大和中南部を結ぶ古代の幹線道路「上ツ道」であり、現在も「上街道」と呼ばれている。「京終」は物産豊かな大和中南部と「南都」を結ぶ交通の要衝であったのだ。

奈良の「勝手口」のような街

 近代でも、京終駅は1898年に開業。1918年には京終卸売青果市場が開設され、東部山間から木炭や高野豆腐、野菜などを運んだ奈良安全索道の貨物用リフトの終点も京終駅前にあり、京終地区は物流の拠点としてにぎわい、奈良の「勝手口」「経済の中心」という存在であった。さらに、地場産業の綿蚊帳の工場やテイチク(帝国蓄音器)、積水化学工業なども立地した。が、リフトは戦後に廃止され、卸売市場も大和郡山市に移転し、テイチクも東京に移り、街は寂れていった。
 それでも、今も旧五条大路沿いなどに古い町家が軒を連ねる。赤レンガ造りの醤油蔵、開業以来の築116年の京終駅の木造駅舎などの近代化遺産もある。飛鳥神社には10月に「花切り祭り」、1月には一部の氏子(講員)が持ち回りで行なう「」などの民俗行事が伝わる。こんな「深み」のある生活文化を活かした街づくりを住民たちは考えている。例えば、京終地区にあった「鹿垣」を復元しよう。上街道には奈良の南の玄関口となる「総門」を建てよう。”きたまち“や”ならまち“のように「まちかど博物館」(老舗や古民家などで住民がその街の歴史や文物、コレクションを紹介する)を京終の各スポットにつくろう――などの模索を続けている。

JR京終駅の駅舎と広場で「古本市」を

  その第一歩が、4月12日と6月1日にある「京終まほろばステーション『ふるほん+あるふぁ市』」である。JR西日本の協力で、広い京終駅前の広場や木造駅舎の待合室に、市民らが古本やクラフトを持ち寄り販売する。それは、奈良女子大正門前などで30回開かれた「大門玉手箱in初宮神社・一箱古本+α市」に倣うものであり、「さろん」常連で京終のマンションに住む作家の寮美千子さんの提案であった。寮さんは「奈良の旧市街は日本有数の古書店が多い街。北の初宮神社と真ん中辺りの古本屋街、南の京終駅前を結んで”古本ロード“として売り込みたい」と夢を膨らませている。








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