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昨日は、奈良市内で行われた講座(京終さろん)で
本誌でも過去度々お世話になった、奈良民俗文化研究所・鹿谷勲先生の 
「民俗からみた建築文化」を聞いてきました。

鹿谷さん(と呼ばせていただいてます)は奈良県の文化財保存職員として、県内の民俗文化財の調査研究、審議に関わってこられ、
奈良県立民俗博物館にも在籍され(さとびとのご縁はこの頃から)
退職後に研究所を立ち上げ、新聞等へのコラムの寄稿や、研究会の自主開催、講演活動などをされており、奈良の民俗文化に大変詳しい方です。 

わたくしあなんは、実は過去に地域雑誌「あかい奈良」に関わっていた頃
鹿谷さんのコーナーの担当をしていたことがあります。
当時のわたしは子育て真っ最中で 、奈良のこともまだまだ知らないことばかりで、専門家の鹿谷さんが締め切りを守ってくれないことにヒヤヒヤしていたものです(笑)。 

取材中の鹿谷さんにご一緒したことがあります。奈良市内の古民家の土壁の中に、古い布が使われているのを見つけたとき、物静かな鹿谷さんから熱い空気がたちのぼるのを感じて
本当に民俗文化財に情熱のある方なんだなあと思いました。

古いものが物語る何かを尊重することは、これからの文化を考えるために
必要なはず、、、民俗文化の詳細な内容についてはすぐについていけなくても、
そういうところでわたしは共感していました。

さて、今回の講座では、まず民俗文化財とは何かというお話から始まりました。

定義によるとこうなります。(太字はわたし)



●衣食住、生業、信仰、年中行事に関する風俗習慣、民俗芸能、民俗技術およびこれらに用いられる衣服、器具、家屋、その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のために欠くことのできないもの
(文化財保護法第2条第1第4号)
 
●文化的景観「地域における人々の生活または生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活または生業の理解のために欠くことのできないもの
(文化財保護法第2条第1第4号)


推移や形成には「時間の流れ」が必要ですので、新しい物件は含まれないということになるのでしょう。
文化財をなぜ認定するとかというと、保存のためだそうです。そのままでは維持費がかかり失われていくかもしれないものを公金で支援するために。文化財として適切かどうかは審議されて決められます。これによって、誰かが恣意的に保存する、解体するということから守られるそうです。


紹介された物件の中で、わたし的にもっとも印象的だったのは、日本の民俗学者・柳田國男の生家。驚くほど狭く(4畳半ふたつと、3畳ひとつ、あとは台所など)、そこに6人で暮らしていました。あまり知られていない柳田國男のおいたち。長男が結婚すると家族内での揉め事が続き、「小さい家は、家庭がうまくいかない」と幼い柳田國男は悟ったとか。先に家を出て医者となった長男のいる東京に12歳で転居、才能を開花させていきます。

「子どもでありながら、そんな意識で家を見ていたのはさすがですね」と鹿谷さん。


その他、カラブロ(奈良市)、傘堂(葛城市)、骨堂(奈良市)、連歌堂(宇陀市)などが紹介されていました。

文化財というのは、国が認めたから格が上だ、認定されていないから格が下だというふうに考えるものではないとおっしゃるところ、また、富裕な人や権力ある人が残した立派な物件だけでなく、とかく「価値がない」と壊されてしまう庶民の物件こそ非常に大切ではないかとのご意見に、大変共感しました。

壊されていくのは仕方がないとしても、せめて写真や図面でもいいから残されてほしいものです。家族の方たちが思い出にと、残してくださるだけでも、意味があるかもしれません。
研究材料としてだけでなく、これからのあり方を探るうえで、自然資源に依存した庶民の暮らしはどうだったのか、お金をかけるだけでない生活の形があったのではないか、ということを考えるときの学びになったり、また、昔の人の暮らしは今の視点から見ると「大変」に見えることが多いものですが、そうした手間暇のかかった生活を、なんだか愛おしく感じられたりするものではないかと思います。
これは、さとびごころの編集テーマにもつながります。

久しぶりにまた、奈良県立民俗博物館へ出かけてみたくなっています。

京終さろんについては、こちら をご参照ください。