なんだか長編になってしまいました。
川に興味のある方であれば、楽しんでいただけると思いますが。。。
熊本県の話はこれで終わりになります(最後は鹿児島県!)。

宿泊した鶴の湯旅館の若者も、ジュンペイさんと同様、話題のひとです。 みんながダイスケさんと呼ぶ、土山大典さん。

鶴の湯旅館の記事は、こちらがポイントがおさえてある感じです。

法律的に許されていた時代最後(?)の木造三階建て。ジュンペイさんのおすすめ宿にもなっている築60年以上の旅館を、一人で復活させてきりもりしている(前の記事で、洪水時の昔話を聞かせてくれた)ダイスケさんも、今回ぜひ会ってみたかった人。
初日の予定を終え宿まで案内してくれたジュンペイさん。いっしょに座敷に上がってくれてテーブルを囲んで雑談し「明日もう一度訪ねるかも」とゆるく約束しました。 

鶴の湯2 
 
ごはんは野菜と魚中心で、すべて地元産の食材から、ダイスケさんが手作りしています。毎回添えてある梅干しがちょうどいい塩加減、酸味加減、ふっくら加減。

鶴の湯
 

鶴の湯旅館では、2泊。古い旅館の修復は大学生たちと一緒にプロジェクトとして進行中とのこと。まだまだ傷んだ部分はありますが、建具、窓、階段など、素敵な造りがたくさんあり、落ち着く場所でした。

二日目は、夫が鮎釣りする気満々だったのですが、水が濁りすぎて断念(かなり無念であったと思われます)。ぽっかりと予定があくことに。
鶴の湯4

雨で濁るのは、土砂が混じっているから。その土砂は、瀬戸石ベースの少し上流にある瀬戸石ダムから(雨のため)放流をしているからとのことでした。堰を閉じていると、ダムが土砂でどんどん浅くなり水害の危険が増す。放流すると、たまった土砂が下流を濁す。土砂を浚渫する取り組みはあるそうですが、とても追いつかないとのことでした。

もし、自然のままであれば、、、、昔の人が受け入れてきた綺麗な水の洪水は伴うかもしれませんが、家のかさ上げ(ダム周辺の家々は、幾度も家をかさ上げしていました)などのお金はかからないのでは。。。わたしたちは、再生可能エネルギーとしての水力発電には注目していますが、これからの水力発電は必要な場所に小規模に作る環境負荷の低いものが望ましいのではないか、ダムは役割を終えようとしている時代なのではないかと思います(願いも含まれていますが)。


鮎釣りキャンセルのぶん、自由行動。まずは朝から近所の道の駅に行ってみることに。すると館内で、ダム撤去の資料展示をしており、開店直前だったのに早々に開けていただき、見せていただきました。

余談。そこで出会ったのが東京出身のミチノさんという男性。ミチの駅のミチノさんです。
聞けば、ジュンペイさんやダイスケさんとも友だちとのことでした。その足で、博物館に行ってみようと市街地エリアへでかけるとですよ、、、、なんと、パンクしました!
これは、もう笑い話として面白いのですが、スペースの都合上、後で直接会った人にだけ話します。

パンクから立ち直り、博物館はあきらめ、午後から再びRebornへ行くと、気配を感じたジュンペイさんが現れてきました。

「瀬戸石ベースへ行きましょうか」
「望むところです」

昨日話し足りなかったこと、再確認したいことなど、ゆっくり話せました。瀬戸石ダムのことも。荒瀬ダムと違って、熊本県のものではないため事情が異なりますが、ダム撤去の研究者であるジュンペイさんは、対立しない方法でダムを撤去できないか考え中です。この、所有者、住民、行政などなど、それぞれのメリットや主張を統合して資金のことも含めてアイデアを構築しようとされているところに共感しました。
夕方からは思い立って川辺川もいっしょに見に行くなど、ともに楽しく過ごすことができました。ジュンペイさんは、川遊び大好き、自然大好き、増水した川の流れを見ながら「ここ、面白そうだなー!」と、はしゃいでいます。そろそろお別れかと思うと、惜しい気持ちになりましたが、そのぶん、またここに来たいという思いも固まりました。次は他にも誰かといっしょに来れたらいいな。

鶴の湯旅館に帰ると晩ご飯です。鮎の塩焼きをいただきました。
鶴の湯鮎の塩焼き

いつも緩やかに LPレコードから音楽が流れています。
なんでも、貴重な真空管アンプが置いてあり、ピカピカしてました。
それをBGMに、ご飯の後はダイスケさんともゆっくり話せました。ダイスケさんヒストリーと、ここに集う人々の話(地元のキーパーソンの方や学術関係の方、音楽関係の方、いろんな人が訪ねてこられるそうです)。イベント活動や修復プロジェクトや、これからのことなども。

鶴の湯3
 

そうそう、ここは温泉が湧くのです。旅館の近くの川に温泉が流れ込んでおり、そこが暖かいので藻が育ち、鮎がたくさん集まるらしいです。夫は残念でたまらないようです。ちなみに彼は鮎釣り師としては、下北山村の若き師匠に弟子入りしたばかりの初心者でありまして、師匠は「球磨川で、ですか?」と言っていましたが、内心で「100年早い」と言いたかったことは、わたしにもわかりました。キャンセルは、神様からの「まだまだよ」というメッセージだったのでしょうか?


朝。旅館をたつ日です。

ダイスケさんが、梅干し持たせてくれました。その気持ちが、しみじみ嬉しい。次に来るときは、晴れでありたい。水の澄んだ球磨川を見たいと思います。

さて、今夜はフェリーに乗って奈良へ帰る予定。九州最後の1日は、人生発となる鹿児島県へ。焼酎蔵と縄文遺跡を巡ります。

つづく