38号のご紹介の途中ですが、九州に行ってきました。

福岡、熊本、鹿児島。

個人的な意味でいうと、早めの「夏休み」 ですが
さとび的な見聞を広める旅でもありました。
簡単にご報告します。(長く書けば、いくらでも長くなりそうなので)

福岡県、筑後川沿いにある うきは市の「大石堰」 という堰を見ました。
http://welcome-ukiha.jp/tourist/no/000020

大石堰

江戸時代、この地域は筑後川がすぐ近くを流れているにも関わらず、土地が高くて水を引くことができないため農民は水不足に苦しんでいました。そこで5人の庄屋さんが、藩に掛け合い、自分たちで命がけで工事を行い、筑後川から水を引くためにこの堰を築いた場所です。

川と住民との命がけのつながりを感じたくて、行ってきました。「このへんかなあ???」と尋ねると、たまたま地元の方らしきおじさんがいました。連れ(夫ですが)がお声をおかけしたのがきっかけで、私たちが興味を持っていると感じるや、次々と訪ねるべきスポットを軽トラで案内してくださるのでした。その颯爽たる決断と行動力、、、、この方、どんな人??

現代のうきは市には、この江戸時代に始まる水路(水害で元の堰は残っておらず、350年経った今では現代風に改良され大石堰になっています)が、町中に伸びており、2000丁歩の農地を潤しています。広々とした田んぼに、稲が青々と育っていました。近世の立派な町並みが残る通りを案内していただくと、後にこの地域が豊かに発展していったことが伝わってきました。

なんということでしょう。

最後に案内されたのは、大石堰土地改良区。地元の農家さんがお金を出し合って組織されており、水管理を行っています。おじさんは、その事務局長さんだったのでした。

さとびごころ38号 をプレゼントし(読んでもらえるかは謎ですが)、感謝を申し上げると
貴重な本をいただきました。「まあ、こいつらには読ませたろうか」と、思ってもらえたのかと解釈し、とても嬉しくなりました。

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これは明治36年に筑後川流域の農家に生まれ、東京帝国大学を経て福岡日日新聞に入社された林逸馬という方が、太平洋戦争の只中に当たる昭和17年に発刊された「筑後川」という本が原本です。それを、昭和17年生まれ、八幡製鉄に入社され新日鉄の関連会社の社長等を務められた三浦俊明さんが、現代文にリライトされたものでした。

500ページにわたる本で、まだ通読はできていませんが、自分たちの地域を自分たちでなんとかする、しかも自分一人のためではなく、自分も地域も救われるために大決断をした先人の取り組みについて知ることができそうです。軽トラについて行っては写真を撮って回った思い出とともに、ゆっくりと読ませていただきます。大石堰土地改良区事務局長、佐々木良友さま、ありがとうございました。

うわ、やはり長くなりそうです。次は、「竹組」」という竹林整備をビジネス化しようとしている会社を見学に。つづく