編集部 阿南です。

縄文が気になりだしたのは、2016年。
どうしても三内丸山遺跡にいかなくては。 と、まず現地へ行って下調べ。
当時は旧編集部時代でしたが、会議で提案すると「面白いね」と言ってくださったのが フリージャーナリストの神野さんでした。 その後もちょくちょく「縄文やりたいね」との思いは続き。

神野さんから「松田真一さんという人がいる」と教えて頂きました。 二上山博物館館長で、『奈良県の縄文遺跡』(青垣出版 2017年)の著者です。 (実は、学術的な内容で、すいすい読みこなせるような実力はないのですが)

一方で 現編集部としては 
2017年は、2018年からのリスタートを意識してシュミレーションの一年となり
2018年はリスタート初年として(編集以外のことについて)経験を積む一年に。
その間も、「縄文時代って何?」という思いで、 資料を読んだり見学に行ったりを続けました。

昨年秋には、「まず、松田先生を訪ねよう」と、
神野さんといっしょに二上山博物館を訪ねました。
そして、縄文時代を見直す意味について、
何か通じるものを感じることができました。

縄文文化の遺物はどうしても東日本のものが注目されがち、
「奈良」という切り口でどのように作っていこうか。
また、1万年続く縄文時代、何しろ長すぎる、
それを 限られたページの中でどんなふうに編集していこうか。
いろいろ検討していたところへ、松田先生から三つの遺跡をおすすめいただきました。

※ここで、ひとこと。縄文時代は、土器の形式によって6つに区分されています。 これは縄文を楽しむためにも、とても助かりますのでご紹介しておきますね。 草創期、早期、前期、中期、後期、晩期です。年代は諸説ありますので 東京国立博物館特別展「縄文-1万年の美の鼓動」図録をもとにします。 草創期が一番長くて、だんだん期間が短くなっていきます。
草創期 約13000年〜約9000年。
早期 約9000年前~約6000年前
前期 約6000年前~約5000年前
中期 約5000年前~約4000年前
後期 約4000年前~約3000年前
晩期 約3000年前~約2400年前



草創期から早期  として 大川遺跡(山添村)
早期から後期 として 宮の平遺跡(川上村)
晩期として 橿原遺跡(橿原市)

これに加えて、後期旧石器時代の話題として
二上山北麓遺跡を(香芝市)プロローグ的に載せました。

それぞれに、「そうだったのか」というコトが含まれていて
縄文時代の奈良を考えてみるための
アウトラインとなる情報になるのではと思います。

縄文時代がもっとも繁栄したのは中期頃からそれ以降。
多くの人がイメージする縄文文化はこの頃をさすのだということも
見えてきました。
そんなイメージと奈良との共通性や違いも感じられることでしょう。

また、日本人の日常の基層文化のほとんどが実は縄文時代に始まるいうことも
わかってきました。縄文は、弥生と入れ替わってすっかり消滅したのではなく
基層として、ついこのあいだまでは日常の中にたくさんありました。
ただ、わたしたちが学校で習うことはいつも政治史が中心であり
「中心」だけをピックアップして暗記することになります。
その時代時代の 名もなき人たちが何を信じて、どう暮らしていたかを
学ぶ機会が少ないために、見過ごされてしまうのですね。

特集の編集はいつも 登り坂を登るような体験です。
時にあえぎつつ 登り切ったときの気持ちを楽しみにしながら。
振り返ると、坂の途中に こぼしてきたものもあります。
この特集でやりきれなかったことも
これからの企画の中で、手や品が変わっても反映されていくものではないかと
思っています。

さとびごころ36号、来年になったらお届けします。
読んでいただけたら幸いです。