「僕は営利のために農業をしている。でも、この人たちはボランティアで僕の田圃で作業している。それでいいのだろうか?」

これは、秋津穂の里プロジェクトを主宰されている杉浦農園の杉浦さんの思いでした。

でも、結果的には、楽しそうに汗をかいているボランティアの人たちの笑顔を見て、「これでいいのかもしれない」と思ったそうです。

参考 さとびごころ32号特集「農家が無農薬で酒米をつくる 秋津穂の里プロジェクト」

わたしたちは、お金と自分の欲しいものを交換しています。
払ったお金と手に入れたものが見合うのかを考えながら。

「これで、これなら安い!」と思うと得した気持ちに。
「安くはなかったけれど、とても満足している」と思うと豊かな気持ちに。

そして、自分の能力や作業もお金に変えています。
時給の仕事なら、時間と作業能力を売ってお金を得ています。

では、「満足感、感謝、喜び」を得る場合はどうでしょう。
なかなか、お金に変えられない。

その相場感は謎です。
ボランティアを受け入れる側にも、一定の負担が生まれます。

おたがいに、これでいいという何かがあるから、成り立っている。

何かを提供して、お金と交換しないで「満足、感謝、喜び」をいただく。

そんな形も、この経済社会のどこかに
残っていてほしいと思うのです。。。

それは賛同する人たちとの
心の交流や共感がある場合に生まれるのかもしれません。
何をしているのか、なぜしているのか。

その延長線上に、おたがいにこれでいいという額の
お金が巡っていくのは、まっとうではないでしょうか。

「こんないいことをしています。だから寄付してください」という
呼びかけに、なんとなく戸惑ってしまう時は、
心の交流や共感がまだ生まれていないから、かもしれませんね。