さとびごころ編集部のblog

奈良の地域マガジン「さとびごころ」の編集部からみなさんへ、取材のエピソードや、お知らせ、ご紹介したいことなどをお送りします。 http://satobigokoro.org/ https://www.facebook.com/satobico/

「さとびごころ」は、「100年住み続けたい奈良のための地域づくりマガジン」です。 http://satobigokoro.org/

日増しに春めいてきたこのごろ、お元気ですか。

編集部では、次号の準備を進めております。
来月の発刊にむけて、これからピッチがあがっていきます。

その前に、、、。

さとび32号を
HPで公開いたいしました。
(「さとびごころ」のことを「さとび」と呼んでおります)

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特集と、それ以外のページに分かれていますので
お読みになりたいほうからご覧ください。


冊子でお読みになりたい方、ぜひ編集部までご連絡ください。
1冊からでもお送りいたします。
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奈良県立大学県民講座へ行ってきました。
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平成29年度なら県立大学県民講座 第3回
鉄道資源の再活用と新たなまちづくりの可能性
〜京終駅舎の再生とまちづくり〜


京終駅は、旧さとびごころ編集局のすぐ近くにあり、筆者自身の最寄り駅でもあり、
レトロなたたずまいを大変気に入っていました。
その再生が昨年から始まっており、日頃から関心を寄せているところです。

まずは、当日の内容をご紹介します。

【第一部】 
観光資源としての鉄道駅の可能性 

(奈良県立大学 新納(にいの)克廣教授)
駅舎再生はなぜ求められているのか〜京都府と奈良市(京終駅)を事例に〜
(奈良県立大学 鶴谷将彦講師)

新納教授からは、かつて街の中心だった駅が車社会の台頭と入れ替えにさびれ、今では放置されて残っていること、それがかえってレトロな観光資源になる可能性があること、そのためには、観光自然としての位置づけ、機能性の整備や、費用負担、鉄道事業者との協力という課題があることが報告されました。

また、鶴谷講師からは、今回の市民講座が京終駅をめぐる住民参加のまちづくりの動きを知ったことがきっかけだったというお話。そして、京都府の笠置駅や、京終駅の事例から、駅舎の再生とはあたらしい付加価値を高めることであると定義されました。特に、京終駅の場合は、行政の押しつけでもなく、民間の営利目的でもなく、地域住民が駅とまちを愛する気持ちから自主的に動いている点が他に例がないとのお話でした。


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第二部のパネルディスカッションには、登壇者にさとびごころ編集委員の一人、神野さんが含まれていました。また、さとびごころバックナンバーでご紹介した安西さんも!

【第二部】 パネルディスカッション
テーマ   鉄道資源の再活用と新たなまちづくりの可能性
司会    下山 郎准教授
パネラー  徳岡健治 奈良市奈良町にぎわい課課長/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー)
      安西俊樹 (町家ゲストハウスならまち店主/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー) 
      神野武美 (元朝日新聞記者/京終駅周辺まちづくり協議会メンバー)
      新納克廣 (奈良県立大学 地域創造部 教授) 
      鶴谷将彦 (奈良県立大学 地域創造部 講師) 

ディスカッションでは、京終駅が再生されることになったいきさつが詳しく報告され、いくつかの質疑応答や参加者からのコメントも寄せられました。 

徳岡課長の発言で知ったことは、そもそも京終駅がなぜ再生されることになったのかというと、地方創世の交付金が降りたことに始まるということ。何事も一番謎なのは、「資金はどこから?」なのですが、今回でそれがわかりました。その交付金によって「ならまちにぎわい構想」にもとづいて、ならまち、きたまちに加え、県南部への玄関口としての京終駅舎の再生が立案されたのだそうです。

そして、もうひとつ、この講座で知ったことは、ある偶然が重なったこと。それは、市の構想とは別の流れで生まれていた「京終駅を宝に思う会」による保存運動がすでにあったこと。それを知った同課が奈良市長を現地に案内し、「おもしろいのではないか」ということになったのだそうです。

話がそれますが、トップが「おもしろい」と発言することで、ぐぐぐっと動く、という点はポイントなのかなあと思いました。また、それに至るまでの水面下の動き次第で、ランニングできるかどうかが決まるのでしょう。

話を戻します。
そこで、奈良市としては「行政が考えると大手のコーヒーチェーン店やコンビニを呼ぼうか?、ステーションホテルを建てようか?などになりがちで、それではいけないのではないかという思いがありました。そこで、駅舎の建造物としての再生は行政が、その後の駅舎の生かし方や運営については住民におまかせすることにしたのです」とのこと。なんだか、勇気ある決断のようにも思います。
それを受けて、協議会が生まれ、役務室の活用が地元住民の若手からなる「京終青年団」が手をあげ、託されることになりました。

ちなみに、京終青年団のメンバーには、「紀寺の家」経営の藤岡俊平さんが含まれています。この方、次号のさとびごころに登場いただく予定になっております。

シニア世代と青年世代、夢見るところはそれぞれかもしれませんが、京終駅の保存と再生を望み、自ら動く人たちである点では同じです。駅舎の再生による地域づくりが地元住民の手で行われる、、、そんな取り組みが、最寄り駅で進んでいることを住民の一人としても興味深く聞きました。

昨今、いたるところで地域の居場所や交流拠点が生まれています。さとびごころ関連でいうと、今や全国区の知名度になったオフィスキャンプ東吉野もそのひとつ。全国各地の事例のひとつひとつに、それぞれ異なる背景や動機があることでしょう。山村では、長い目でみた移住推進という意図がありますし、都市部では失われがちな人と人との繋がりを再構築したり、衰退したエリアを活性化する意図があります。そして、その中心はカフェやシェアオフィスが多いように思います。

ここにきて、「駅舎」。

通過地点にとどまらず、地域に愛される交流スポットとなる可能性が見えてきました。また、古代の文化遺産が豊富や桜井を始めとする南部への玄関口として、観光客に喜ばれる拠点にしていくことも考えられます。これからの京終駅は、はたしてどんなふうに変化し、進化するのでしょう。



「僕は営利のために農業をしている。でも、この人たちはボランティアで僕の田圃で作業している。それでいいのだろうか?」

これは、秋津穂の里プロジェクトを主宰されている杉浦農園の杉浦さんの思いでした。

でも、結果的には、楽しそうに汗をかいているボランティアの人たちの笑顔を見て、「これでいいのかもしれない」と思ったそうです。

参考 さとびごころ32号特集「農家が無農薬で酒米をつくる 秋津穂の里プロジェクト」

わたしたちは、お金と自分の欲しいものを交換しています。
払ったお金と手に入れたものが見合うのかを考えながら。

「これで、これなら安い!」と思うと得した気持ちに。
「安くはなかったけれど、とても満足している」と思うと豊かな気持ちに。

そして、自分の能力や作業もお金に変えています。
時給の仕事なら、時間と作業能力を売ってお金を得ています。

では、「満足感、感謝、喜び」を得る場合はどうでしょう。
なかなか、お金に変えられない。

その相場感は謎です。
ボランティアを受け入れる側にも、一定の負担が生まれます。

おたがいに、これでいいという何かがあるから、成り立っている。

何かを提供して、お金と交換しないで「満足、感謝、喜び」をいただく。

そんな形も、この経済社会のどこかに
残っていてほしいと思うのです。。。

それは賛同する人たちとの
心の交流や共感がある場合に生まれるのかもしれません。
何をしているのか、なぜしているのか。

その延長線上に、おたがいにこれでいいという額の
お金が巡っていくのは、まっとうではないでしょうか。

「こんないいことをしています。だから寄付してください」という
呼びかけに、なんとなく戸惑ってしまう時は、
心の交流や共感がまだ生まれていないから、かもしれませんね。










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