さとびこ編集室日記|100年住みたいのは自然にも人にもやさしい地域

100年住み続けたい奈良のための地域づくりマガジン「さとびごころ」を編集している「さとびこ編集室」からみなさんへ。 編集発行に関するお知らせや情報、編集部の思いなどをお伝えしています。

100年住み続けたい奈良のための地域づくりマガジン-さとびごころ(さとびこ編集室編集/オフィスエルインク発行)
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2018年の1月に発行したvol.32(ちなみに特集は地酒で味わう奈良)の中で
森林からはじまる村づくりを決意した若者を紹介したことがあります。

vol.32北さん森林からはじまる村づくり
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本誌では、生態系の豊かな自然の上に、初めて人間の文明も成り立つと考えてまして、
日本の自然を特徴づけ、独特の風土を生んでいる源は森林であると考えています。
その森林を支えてきた林業が衰退し山村の人口も高齢化と減少を続けています。 
そこで、林業界以外の人たちに、広い意味で森に関心を持っていただきたいとの思いから、
森に関する記事は毎号掲載しています。

そんな中で出会ったのが、上記の記事に登場してくる下北山村でした。
これ以来、北さんとは友交が続き、ほぼ毎月のように訪れています。

取材当時の北さんは、村役場の職員として自伐型林業に注目し、林業に関心のある地域おこし協力隊を募って活動を始めようとしていました。
そして、そんな彼らから「ユンボも動かせないような人に言われてもなあ」と、言われないためにも、ライフワークとして林業に取り組もうとしていました。
まだ、薪を割ってみた、くらいでしたけれど。

あれから3年。 

思ったようには進まないことのほうが多かったかもしれません。
林業から離れる人、村から去っていく人もありました。

その間に、北さんは猛烈に林業について学びました。
さとびの読者であれば、ご存知のはずの岡橋清隆さん(vol.42特集でインタビュー)や後継者である岡橋ー嘉さん(vol.25企画記事で紹介)を村の取り組みとして指導者に迎え
自伐型林業の代名詞ともいえる「壊れない道作り」のレッスンを開始。



自伐型林業 小さな林業とも言われ、環境負荷が少なく、大きな資本を必要としない生業としての林業。作業道を切り開きながら支障となる木を伐採し、出材したり道作りの素材として自然に返します。

ある日、「僕、山を買いました」というのです。
運良く、そのような巡り合わせがあり、手続きを経て、自宅の近くの山を購入することができました。
その山に道を通すことが、今彼の週末の活動になっています。
村に来たついでに師匠や友人が手伝ってくれることもあります。

わたしは、購入したばかりの森を見せてもらったことがあります。
捕まりながら歩かないと危なっかしい斜面に、かつて植林され、放置された杉や檜が立っていました。
さらなる昔にはどんな使い方がされていたのか、
あちらこちらに(山水を引いたようにも見える)石積みの跡もありました。

あの森はどうなっているんだろう。

そう思っているわたしの気持ちが通じたかのように、先日村を訪問したとき、案内してくれました。
よじ登るようにしか歩けなかった斜面に、踏むとやわらかい土の感触のある道ができていました。

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自伐型林業で採用されている作業道「壊れない道」は、なめらかで、スニーカーでも歩けます。かつて、岡橋ー嘉さんに案内してもらった道を思い出させる「歩きたくなる道」ができつつありました。

道作りは、一歩間違えれば土砂崩れの原因になるかもしれません。この山の下には集落があります。
ルートの選び方、伐採する木の選び方と使い方、残す木の選び方、水の流れへの配慮、法面の処理、採算性、、。学んできたことを自分の山で実習です。仕事にもつながり、楽しくもある週末フォレスター活動。

わたし「この道ができたら、上まで歩いてコーヒーを飲みながら、しばらくそこにいたいわ」
北さん「コーヒーは鉄板ですよね」

「僕、山を買いました」の道作りも、森から始まる地域づくりも、まだまだ途中段階です。
いっしょにコーヒーが飲める日を楽しみにしています。

この森は私有地ですので、みなさんに「どうぞおこしください」とは言えませんが…
若い世代が地域づくりを夢見て林業に取り組むひとつの風景として
ご紹介いたしました。

この日は、ほったらかし家というゲストハウスに泊まりました。
その話は、また別の記事に。 

 

水田3

最近、雑談ばかりですみません。
雑談だったら書けるんですよ。

立派な文章は、さとびの執筆陣におまかせしております。
わたしは、雑談担当です(学識者ではございませず) 。
お気楽にお読みくだされば。。。 

今日はお米の話です。
日本人のお米の消費量が減っているという話をよく聞きますね。

過去50年で半減とのこと。たしかに、パンもパスタもラーメンも、みんな大好きで
お米だけを食べていた時代ではなくなっています。

我が家でもいろいろ食べます。けれど、「基本はお米」を大切にして、
意識してお米を食べたいなと思っています。

民族の文化と食べものはリンクしています。
日本人は海苔を食べますが、多くの外国では食べなかったとか。
(近年は SUSHIブームで人気だそうです) 
逆に言えば、日本食が消えたら日本人らしさも消えるんじゃないでしょうか。
稲作は弥生時代に日本にもたらされた、とかつて習いましたが
稲作そのものは縄文時代からありました。
ただ、水田ではなく、陸稲(焼畑)だったようです。
それも、いっきに水田化したのではなく、たしか中世くらいまでは
田んぼの中にまだらに水田と陸稲が混在している遺跡も見つかっています。
最古の稲作の証拠が、岡山県朝寝鼻貝塚で検出されたプラントオパール(約6000年前)です。
主食ではなかったかもしれませんが、縄文人もお米を食べていました。
それほど、お米と日本人のつながりは古いのです。 
(参考:「稲の日本史」佐藤洋一郎)
  

そんなお米の消費量が減る一方で、世界では「和食」が高く評価されています。
日本人が和食から離れて、欧米化した食生活ばかりになるのは、残念。
しかし、日本人って「何でも興味を持つ」ところも良いところだと思っていますので
食生活の多様化によって、お米以外の消費が増えるのも悪くはないのですが
お米から離れきってしまうのは、残念なのです。

ちなみに、同じように、日本語も大切にしたくて。
言葉の由来って、案外気にせずに暮らしていますが、特にやまとことばの意味や
ひらがなの意味を知っていくと、先人のものの考え方が詰まっていて
それが今もわたしたちを救ってくれているように思え、
どんなにカタカナが増えても、決して消えないようにしたいと思うのです。
それどころか、もうすこし勉強したほうがいい、日本人の自分でさえ。




みんながお米を食べると、田んぼが守られます。
田んぼというのは、水を貯める人口栽培装置で、食料生産という意味にとどまらず
災害の緩和や景観づくりや、生物多様性などのさまざまな恩恵を
もたらしてくれるものです。
それでいて、完全栄養食品を生んでくれるのですから、こんなにありがたいものはないなと。

災害の緩和のことは、本誌でも「田んぼダム」の記事の中で
農家のこせがれさんに語って頂いておりますので、ちょっとお読みくださいませ。

 
  

  
わたしの妄想としてましては、県民はまず県産のお米を食べるようにしたらどうかと思うのです。
食べることによって、環境が守られる。いい環境から食べ物が生まれる。
その恩恵を、そこに暮らす人が授かる。
よって、わたしもお米は知り合いの農家の方から直接購入しています。
だって、「日本人のコメの消費量が増えました!でも全部輸入品です!」
なんていう未来には、まったく魅力がないですもの。身土不二です。

 

こういうのも地域づくりなんじゃないかなーと。
こんなご縁を結べるのも、大都会ではなかなか無理ですよね。
地方の暮らしって、すばらしい。

 

そんなわけで、主食となるお米が生まれる田んぼについて、知ってるようで知らなかったような
ちょっと詳しいお話を、次号vol.45から連載していただくことにしました。

最近は、農的な体験を望む人が増えているようです。
田んぼが季節の移りかわりに伴って風景を変えていく意味を知るのも
心豊かにしてくれるのではと思います。

忙しい毎日であればこそ、ごはんと味噌汁。
一汁一菜のシンプルな食事でいい、体にもよくて、地域にもいい、
お米を食べる生活を楽しみたいと思います。 




   

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ここ最近、ぽかぽかしておりましてご機嫌です。
明日からまた寒くなるようですね。
それが最後の寒さになるといいなあ。

今日は、薬食同源でいきましょうというお話をさせてください。

医食同源という言葉はよく知られています。中国の古い言い伝えかと思いきや、
日本で作られた造語だそうです。 
もとになったのが、中国の薬食同源思想とのこと。



医食同源(いしょくどうげん)とは、日頃からバランスの取れた美味しい食事をとることで病気を予防し、治療しようとする考え方。
「医食同源」という言葉自体は中国の薬食同源思想から着想を得て、近年、日本で造語された。この言葉「医食同源」は発想の元になった中国へ逆輸入されている。
初出は1972年、NHKの料理番組『きょうの料理』の特集「40歳からの食事」において、臨床医・新居裕久が発表したもの(NHK「きょうの料理」同年9月号)。(wiki)

身の回りの、特に気をつけずに食べるものには
まあ例外なく食品添加物が入っていますし、野菜ですら
どんな農薬や化学肥料が使われているのが知るすべもなく、
1日でどれだけの化学物質を複合的に体に入れているものか
想像もつかないくらいです。
白米はだめ、砂糖はだめ、いろいろと、ダメだしされる食べ物もあります。
逆にミネラルをとろう、なんとか酸をとろう、というサプリメントの広告もあります。

ひとつひとつを細かく考えると
調べてばかりになってしまいそう。
だったら…、できるだけ本来に近いものを食べることが、
結局は安くて健康でいられるのではないでしょうか。
しかしですよ、実際、本物は価格が高いことが多く
毎日毎日全アイテムをそれにこだわるとするならば、「お金!お金!」になってしまいますね。

 

ですから、今特に病気もなく、普通に暮らせているのであれば
まずはそのことに「感謝!ラッキー!」と念じまして、
神経質になりすぎずに、普通に食べるとします。 
そのうえで、できる範囲で本物を部分的にでも取り入れませんか。
醤油、塩、味噌、お茶などの基礎的なものあたりからどうでしょうか。
特に、塩がおすすめです。減塩すべきは、いわゆる「NaCL」(普通の食塩・精製されています)でありまして、本来の塩は元気のもと!ミネラルを含む自然塩は不足しています。
ということは、本物の梅干しなんて、最高ですね。
それを「薬」だと思えば、なんて安いことでしょう。

高血圧の薬、糖尿病の薬、一度病気になってしまうと
一生にわたって薬代がかかります。それに払うよりも、
「おいしい、うれしい」食べものに一生使うほうがいいですよね。 



また、コロナを契機に暮らしを手作りすることに人気が高まってきていますので
味噌や野菜など、自分で作れるものは作るのもいいですね。
自分で食べるために、危ないものを入れる人はいませんから。

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体は、本来は健康になるほうに働くようにできているわけですよね。
人間だけでなく、全ての生きものは、生きようとしています。春になると、ベランダの植物も新しい芽を出してきます。
その方向性にそって、自分で自分を応援するのです。
「本物」は、生命力を持っていますので、「自分の体」に必要な成分を含んでいるはずです。
まるっと、そこを信頼して食べる。
生命力を阻害する要素のない本物を食べる。


ここまで加工食品や添加物が増えていなれば
単純にただ「食べること=健康づくり」になっていたはずなのですが…。
現代社会はすでに、こうなってしまいました。
いたしたかござません。これも、日本人が選んできた道。
ですけど、選んだものは変えることもできます。
少なくとも、自分のことは自分で変えることができます。

 

病院で処方される薬は症状を止めるためのもの。
その薬と同様にたちまちに「効く」わけではありませんが、薬事法を気にせず自分の自然治癒力を高めてくれる本物の食べ物を、日常的に食べる。何であれ、お気に入りのアイテムを本物にチェンジする。可能な限り、無理なく、アイテムを増やしていく。




なんだか、とてもいいことが待っていそうな気がします。
「病は気から」と言いますが、「健康も気から」だと思うんですよ。
「こんないいものを食べられて幸せだ。おいしい。嬉しい。感謝」 と、本気で思って食べるだけでも浄化効果があるそうです。これが一番の基本かもしれませんね。そして薬食同源感覚で、日々の食べ物のなかに「薬」を増やしていく。

だんだん、医者いらずに近づくと思いませんか?

さとびでも、暮らしの中の薬草について
取り上げてみたいと構想中です。 
 

  

  

  

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昨日は、奈良市内で行われた講座(京終さろん)で
本誌でも過去度々お世話になった、奈良民俗文化研究所・鹿谷勲先生の 
「民俗からみた建築文化」を聞いてきました。

鹿谷さん(と呼ばせていただいてます)は奈良県の文化財保存職員として、県内の民俗文化財の調査研究、審議に関わってこられ、
奈良県立民俗博物館にも在籍され(さとびとのご縁はこの頃から)
退職後に研究所を立ち上げ、新聞等へのコラムの寄稿や、研究会の自主開催、講演活動などをされており、奈良の民俗文化に大変詳しい方です。 

わたくしあなんは、実は過去に地域雑誌「あかい奈良」に関わっていた頃
鹿谷さんのコーナーの担当をしていたことがあります。
当時のわたしは子育て真っ最中で 、奈良のこともまだまだ知らないことばかりで、専門家の鹿谷さんが締め切りを守ってくれないことにヒヤヒヤしていたものです(笑)。 

取材中の鹿谷さんにご一緒したことがあります。奈良市内の古民家の土壁の中に、古い布が使われているのを見つけたとき、物静かな鹿谷さんから熱い空気がたちのぼるのを感じて
本当に民俗文化財に情熱のある方なんだなあと思いました。

古いものが物語る何かを尊重することは、これからの文化を考えるために
必要なはず、、、民俗文化の詳細な内容についてはすぐについていけなくても、
そういうところでわたしは共感していました。

さて、今回の講座では、まず民俗文化財とは何かというお話から始まりました。

定義によるとこうなります。(太字はわたし)



●衣食住、生業、信仰、年中行事に関する風俗習慣、民俗芸能、民俗技術およびこれらに用いられる衣服、器具、家屋、その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のために欠くことのできないもの
(文化財保護法第2条第1第4号)
 
●文化的景観「地域における人々の生活または生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活または生業の理解のために欠くことのできないもの
(文化財保護法第2条第1第4号)


推移や形成には「時間の流れ」が必要ですので、新しい物件は含まれないということになるのでしょう。
文化財をなぜ認定するとかというと、保存のためだそうです。そのままでは維持費がかかり失われていくかもしれないものを公金で支援するために。文化財として適切かどうかは審議されて決められます。これによって、誰かが恣意的に保存する、解体するということから守られるそうです。


紹介された物件の中で、わたし的にもっとも印象的だったのは、日本の民俗学者・柳田國男の生家。驚くほど狭く(4畳半ふたつと、3畳ひとつ、あとは台所など)、そこに6人で暮らしていました。あまり知られていない柳田國男のおいたち。長男が結婚すると家族内での揉め事が続き、「小さい家は、家庭がうまくいかない」と幼い柳田國男は悟ったとか。先に家を出て医者となった長男のいる東京に12歳で転居、才能を開花させていきます。

「子どもでありながら、そんな意識で家を見ていたのはさすがですね」と鹿谷さん。


その他、カラブロ(奈良市)、傘堂(葛城市)、骨堂(奈良市)、連歌堂(宇陀市)などが紹介されていました。

文化財というのは、国が認めたから格が上だ、認定されていないから格が下だというふうに考えるものではないとおっしゃるところ、また、富裕な人や権力ある人が残した立派な物件だけでなく、とかく「価値がない」と壊されてしまう庶民の物件こそ非常に大切ではないかとのご意見に、大変共感しました。

壊されていくのは仕方がないとしても、せめて写真や図面でもいいから残されてほしいものです。家族の方たちが思い出にと、残してくださるだけでも、意味があるかもしれません。
研究材料としてだけでなく、これからのあり方を探るうえで、自然資源に依存した庶民の暮らしはどうだったのか、お金をかけるだけでない生活の形があったのではないか、ということを考えるときの学びになったり、また、昔の人の暮らしは今の視点から見ると「大変」に見えることが多いものですが、そうした手間暇のかかった生活を、なんだか愛おしく感じられたりするものではないかと思います。
これは、さとびごころの編集テーマにもつながります。

久しぶりにまた、奈良県立民俗博物館へ出かけてみたくなっています。

京終さろんについては、こちら をご参照ください。



 
  

  

ぽかぽかした天気が続いたと思ったら
ここ数日は冷蔵庫の中にいるような寒さです。

もうすぐ、春らんまん。あと少し。

先日、縄文特集の話をしましたので少し続きをします。
興味のある方はおつきあいくだされば。。。


縄文時代は、いつどのように始まったのかという素朴なことを考えますと
日本列島の誕生と関係があるようですね。 
この点が死角になって、理解がぼんやりしていたことに気づきました。

歴史の時間に、「旧石器時代、新石器時代、縄文時代」のような
ことを習いましたけれど、そのときの地形や気候の変化がどうだったのかついては
あまり記憶にないと思いませんか?
(勉強熱心でなかったことがバレてますね)

日本列島は、もともと、「大陸の一部」だったのです。
びっくり。

次号で地質のことを特集しますけれども、執筆をお願いする人たちにとっては
1+1=2 くらい当たり前のことなのでしょうけれど
普段の生活でそんなことは考えていませんものね。

2万年前までは氷河期。このとき、列島はまだ大陸とつながっていました。
だから日本でもナウマンゾウが見つかったりしているのは、
陸続きだったからこそ。その獲物を追いかけて人間もやってきたはず。
大阪平野でも、闊歩していたそうです(『奈良県の縄文遺跡』)
  
巨大な獲物を石槍等で捕って食べる、、、なんとすごいことを。
食べるとは、生きるとは、過酷であったと思わざるを得ません。
当時は火山活動がさかんだったと言われています。
九州の旧石器人は火山噴火で死滅したとか。。
それでも、温泉の出る場所は、どんなに魅力的だったことでしょう。
ボイル料理ができるじゃないですか。
(ちなみに湯の峰温泉で作る温泉卵は我が家で人気。脱線しました)

ナウマンゾウの像。
野尻湖パーキングエリアナウマンゾウ
お借りしましたhttps://www.honda.co.jp/dog/highway/jyoshinetsu/kurohimenojiriko/down/

2万年前の地図

わかりやすいのでお借りしましたhttps://www.kiifudoki.wakayama-c.ed.jp/tenji/zyosetuten-kyuusekki.htm


時の流れとはすごいもので、縄文時代が始まる頃には温暖化したそうです。
大型獣は絶滅。日本列島は大陸から切り離されました。
さあ、どうするか。

このとき、海水が陸地まで入り込んできます。
内海だった日本海に対馬海流が流れ込んできます。
南には黒潮が流れてきます。 

これによって、暖かくなった日本列島の森に変化が起こり始めました。
それまで全国的に針葉樹に覆われていたものが、、、
西日本は照葉樹林帯、東日本は広葉樹林帯、北海道や高い山には針葉樹林。。。
これが今もある日本の森の姿。そこにいる獲物がイノシシや、シカをはじめ
タヌキ、ノウサギなどの中小のすばしっこい動物なのです。
これを弓矢で狩猟しました。 


ですから、博物館などで縄文時代の石器を見ますと
指先くらいの小さな三角形の石鏃(せきぞく・石を原料にしたやじり)が並んでいます。
さとびごころvol.36掲載の、山添村歴史民俗資料館でも、このように。
(身近な資料館・博物館で見てみてください) 
山添村民俗資料館石器
それまで(旧石器時代)は、石槍がメイン。
縄文時代になったら、弓矢がメイン。



以降縄文時代の人々は、弓矢の改良や縄猟などの狩猟方法に一層磨きをかけることになった。 (『奈良県の縄文遺跡』の中から「コラム2  動物相の変容と狩猟具」)


縄文時代の前に日本列島の地形や気候の変化あり。では、その前はどうなっていたのか。いや、もともとはどうなのか?そして、奈良県は今、その歴史とどうつながっているのか?

と、興味が広がりまして、次号vol.45では「地球の歴史と奈良の地質」という特集を計画しております。これはちょっと、好みが分かれるテーマであろうとは予想しておりますが、今の生活を送るのに一見必要なさそうな話題のようでも、風土と人のつながりについて思いをめぐらせる機会になると思いますので、お読みいただけたら幸いです。執筆をお願いしている二人も、今はりきって取り組んでくださっています。
 

 今回も、『奈良県の縄文遺跡』「コラム2  動物相の変容と狩猟具」を読みながら、自分にわかる範囲の雑談をまじえてお届けしました。
次の縄文雑談では、漆の話(上記の本では「コラム3」)をしてみたいと思います。
縄文話の好きな人がおられましたら、ご連絡ください。お茶しましょう! 

当オフィスがさとびごころの発行元になることが決まったころ(楽屋裏では2017年に内定してました)
リスタートしたら是非ともやってみたい!と決めていたのが縄文です。

vol.36で実現しました。

 

このとき、お世話になった松田真一先生の著書が『奈良県の縄文遺跡』 (青垣出版発行 2017年)。

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タイトルのとおり、奈良の縄文遺跡が87箇所も紹介されています。
これをバイブルとして、「縄文の奈良2」 をやってみたくてしょうがいないんです。
先日は建国記念日がありまして、ひとつの国として世界一長く続いていることに
喜びと誇りを感じていましたが、神武東遷どころではない昔から
この奈良でも自然と調和しながら人々が暮らしていたことを思うと胸がときめきます。

この本の面白いところは随所に挿入された13のコラムです。
特別な専門知識がなくても、十分わかるように書いてあり、
奈良だけでなく、先生の研究による全国の事例をひもときながら
縄文文化への理解の助けとなる
楽しいコラムになっています。

その中から、「コラム12 動物の中のイヌ」をご紹介したいと思います。

奈良では 特集でもご紹介した橿原遺跡(橿原陸上競技場のあたりです)から
イヌの出土があります。奈良県では少ないそうですが、
全国には人との関係を知る手がかりとなる出土例があります。

イノシシやシカの出土では、「食べた」「骨などを活用した」ことがわかりますが
イヌの場合は「埋葬」されているのがほとんどなのですね。
(日本でも一部ではイヌを食べていたそうですが、、、ドッキリ)
全身の骨が、きちんと折りたたまれて埋葬されており、解体した(食べた)跡ではないそうです。

それも、成人男性との結びつきが強い。
狩猟犬だったようですね。



ちょっと横道にそれますが、
縄文時代の前はというと、マンモスなどの大型獣を追いかけて
人々は列島にやってきたと言われています。
その後の気候変化で、マンモスなどは絶滅し、
かわりにすばしっこい中小動物が獲物になりました。
特にシカとイノシシ。(今も同じでしょう??)
日本中に森が繁るのも、この頃です。
これにともなって狩猟の仕方も変わり、 弓矢が導入されます。
石鏃という、三角形の小型の石器がたくさん出土し始めます。
「おれ、狩猟してくるわ」と、弓を持ってイヌを連れて
森の中へ出かけていったんでしょうか?縄文人も。 

イヌは、ただの道具として見られていたのではなく、
愛情を持って共に暮らしたと思われるのは、
骨折したところが治癒した骨を持つイヌが見つかっているから。
怪我をして狩猟犬としてはお役御免になった後も飼われていたということ。
珍しい例としては、埋葬された男性がイヌを抱いた状態だったそうですよ。
(名古屋市 大曲輪(おおぐるわ)貝塚) 

今回は、編集部員に無類の犬好き(成人男性)がいるため、
この話を取り上げてみました。

これからときどき、この本のコラムの中から話題を取り上げて
ご紹介していこうかな。
いつか、「縄文の奈良2」ができる日を夢見て!

よろしければ『奈良県の縄文遺跡』、お買い求めになってみてください。






  

年末にむけて、いろいろと買いためた日本酒を
晩御飯のときに次々と開けては、飲み干しております。

vol.44で紹介した三つの酒蔵(美吉野醸造、倉本酒造、福持酒造場)をはじめ
天理市の稲田酒造、それからさとびごころでも一押しの農家酒屋杉浦農園さんから購入した風の森。

全部おいしくて、毎晩幸せです。

そこに加えて、朗報が。




 長崎大学はサプリメントとして市販されている「ある物質」が、新型コロナウイルスの増殖を100%阻害するとの研究結果を発表しました。

 8日夜、国際誌に掲載された論文です。タイトルは「5-アミノレブリン酸が新型コロナウイルス感染を阻害」。

 「5-アミノレブリン酸」とは、通称「5-ALA」と呼ばれている天然のアミノ酸です。長崎大学の北潔教授のチームが試験管内で一定量以上の「5-ALA」を投与すると、ウイルスの増殖が抑制されることを確認しました。

 「おそらく効くだろうとは思ってましたけど、ある一定の濃度以上だと本当に100%、増殖を阻害する」(長崎大学 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 北潔教授)

 「5-ALA」は、赤ワインや納豆などの発酵食品に多く含まれているほか、サプリメントとしても市販されるなど、安全性が確認されています。研究では、「5-ALA」が新型コロナウイルスの増殖を抑制することが確認され、感染者の治療に有効である可能性が示されました。

 「これを見つけたからには、(広めることが)我々の義務」(長崎大学 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 北潔教授)

 今月4日からは人への臨床試験も始まっており、新型コロナ患者への治療や予防にも活用されることが期待されています。

奈良の酒蔵さんも嬉しそうです。

こちらは、大手の春鹿醸造元、今西清兵衛商店、今西社長の投稿より。
春鹿さんの投稿より



 そういえば、お茶もいいとの報道がありましたよね。
 

日本酒、お茶、奈良の特産物がコロナ対策にいいとは、嬉しいお話。
アルコール除菌だけでなく、このように体の内側から自分をサポートしましょう。




こんな記事も出てきました。
コロナであろうとインフルエンザであろうと、なんであろうと、
手洗い、うがい、日々気をつけることは大切です。
そのうえで、そろそろ元気を取り戻していきませんか。

日本酒やお茶を楽しみながら!  


 


三浦さんご紹介ありがとうございます

さとびごころは、マイナーな雑誌ですが、
さとびごころに登場する人の中には、メジャーな方もいらっしゃいます。
通常は、「マスコミに登場されるような方よりも
さとびごころだからこそ!という方」を探しているのですが…
三浦雅之さん(プロジェクト粟主宰)は例外で、昔からの繋がりがあり、
(三浦さんだけが全国区になられたわけですが ^^)
今も昔も、底通する考え方が多いため
メジャーな方でありながら、連載やお取り扱い等でお世話になっています。

 

そんな三浦さんが、これまた特集でお世話になった登酒店さんと合わせて
FBで本誌を紹介してくださいました。
特集で描ききれなかった四代目、和也さんも登場してくださいました。



ご縁深くおつきあいさせていただいています阿南誠子さんが編集長を務められる奈良のソーシャルマガジン「さとびごころ」。
只今発売中の最新号の特集は゛地酒で味わう奈良 2゛
◇さとびごころ 
https://satobigokoro.org/
販売店というホジションから奈良地酒、クラフトビールの魅力発信を牽引されている登酒店の物語はじめ、吉野町の美吉野醸造、奈良市都祁吐山町(旧都祁村)の倉本酒造といった蔵元の酒造りに対する思いも取材された充実の内容。 
いつもながらブレない視点と丁重な取材が素敵です(*^-^*)
写真は公私にお世話になり、僕の行きつけのお店でもある登酒店にて、奈良地酒文化のキュレーターと称される三代目と四代目とご一緒に撮影させていただきました。
限定販売の地酒も多数あり、奈良の地酒文化を堪能したい方、美味しい奈良地酒にご関心のある方は是非、足をお運びくださいませ !   国産ビオワイン、奈良のクラフトビールも大充実

◇奈良の地酒屋 登酒店
https://www.nobori-sake.com/ 


本誌、あまり拡散力のないマガジンですので(^^:)、本当に嬉しいです。
ありがとうございます。

三浦さんとは、毎号ゲストをお迎えしてお話を伺う「風は奈良から」という連載をしています。
ぜひ、こちらも楽しみにしていただれば幸いです。





vol.44はウェブ公開しておりませんので試読はしていただけないのですが
よろしければお申込みください。お待ちしています。







 



  

建国記念日だった先日、薪ストーブの体験会へ
足を運んでみました。
体験会を主催している薪ストーブ販売店 KUBERUの小島さんは
先月まで天の川温泉やみずはの湯を担当されていて、
さとびごころが読める場所になっていただいていたご縁がありますので
陣中お見舞い?申し上げますとともに、単純に、どんなストーブなのか
興味があったのですよね。

少し余談になりますが、わたしは以前、ペレットストーブに大変興味があった時代があり、周りにも勧めていました。奈良でもペレットを製造される製材会社があり、見学に行ったこともあります。
ペレットは製材するときに発生する木屑を熱で圧縮したもの。わざわざ伐採して粉砕して作るよりも製材会社から発生するものから作るほうがベターだと思います。ペレットは乾燥させた原料が必要ですので、製材用材なら乾燥が終わっているからです。 
それほど普及はしていないように思いますが、ペレットストーブもひとつの選択肢であるとは、今も思っています。
特別な煙工事がなくても(するに越したことはないですが)煙突が設置でき、灰も少なく、結露もなく、熱がやさしく、そして炎を見ることができる、、、気持ちいものでした。
ペレットの袋は、お米の袋に似ています。少しスペースを取りますが、薪ほどではありません。
こちらも興味のある方は、お調べになられてもいいかも。(また、わたしたちが知っている範囲でしたら魅力や課題点も含めて、いつでもお話できます。)

が、今回は薪ストーブです。

KUBERUの薪ストーブは、デンマーク製(シュッとしたデザイン)、ドイツ製(鋳物製の四角い形)が看板商品。個人がスッとは買えない価格ですが、入れ替わり立ち代わりお越しになるお客様があり、関心のある人が確実にいらっしゃるようです。

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上の写真は、シュッとしたデンマーク製

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壊れない道づくりの伝道師、岡橋清隆さんに遭遇。いつお会いしても、たおやか、さわやか。


岡橋さんには、本誌vol.42(2020.summer)の特集で、わたくし阿南セイコ、ロングインタビューに挑んでおります。岡橋さんがなぜ壊れない道りに取り組まれたのか、長年取り組んでこられた結果、今岡橋さんには森がどのように見えているのか、どのような方向を目指しておられるのか、お聞きしていますのでよかった読んでください。冊子もまだ少し、在庫がございます。




KUBERUは、さとびで連載中の谷林業さんらがたちあげたブランドだけあって、目的は、薪ストーブの売り上げはもちろんですが、それには薪のニーズを作り、林業を元気づけたいという目的があるそうです。

(またちょっと話が逸れますので、囲みます) 

林業はこのままでいいのか?よくないなら、どうしたらいいのか?
連載執筆者の谷茂則さん(谷林業)とは、記事を作りながら、もう何年も議論を重ねてきました。まずは伝えること、知ってもらうことだと考え、読者代表のわたし自身ももっと知りたいと思い、連載をお願いしました。連載活動は、谷さんにとっても振り返りと脳内整理になっているそうです。
考えが熟してくると、具体的な動きが生まれてきます。大和森林管理協会もそのひとつ(連載 山と今日 参照)。
肝心なのはこれからです。
何のため?持続可能な(生態的にも経済的にも)奈良の森林のため。
そのためには?弱くなった経済面を解決しなくてはいけない。人材も必要。
今、このあたりでしょうか。

林業の現場に立ちたいと望む人が、まだまだ少ないそうです。
収入になるのか?というところが一番気になると思いますが、
その方法については、信頼できる人に聞いてみるのが一番いいのではないでしょうか。
志のある方、編集部にお声かけいただいても、おつなぎできます。 


ゆるゆると燃える火を見ながらしていると、癒されて、落ち着きます。
竃、いろり、ストーブ、火鉢、七輪、、、
そういえば、火のある暮らしがもっと身近にあったものです。
今ではとかく火は危険。。。
それほどまでに、日本人は火事に苦しんできたとも言えるのでしょうけれど。。
(昔はなんでも木造ですし、なんでも火ですからね)

日本人の生活は火から離れました。かく言う我が家もIH。
ガスも使っていますが、直火を見る生活をしなくなって長くたちました。

そうなってみて、あらためて火のある暮らしの良さが
わかるということも言えますね。
住宅街の、マンション暮らしであっても
火の用心して、火のある暮らしへ。
もう少し近づきたいと思っています。 

 





 



 

倉本さんさとび44号のご紹介

さとびごころvol.44 の特集でご登場いただいた倉本酒造さま、
SNSでご紹介くださり、ありがとうございました。



「この雑誌の視点、自然・ひと・地域。興味深い記事満載です」

と言っていただき、編集部の意図を感じとっていただいているようで
大変嬉しく思います。

しかも、ほら、酒蔵の空間をバックにして、
素敵な撮り方をしていただいていて、、、、嬉しいなあ。


このごろ、飲食店へ行ったとき席がつまっていると
嬉しくなります。ガラーンとしていると、「外食しようか!」と、思ったり。

今は、人が集って楽しむことがタブーとされるような風潮さえ感じますが
やはりですね、心の通じ合う人たちと美味しく食べて語らい、
すこしお酒も入って打ち解ける、、、というひとときは最高に楽しく、
学びや気づきも得られることが多いです。


編集部には、奈良のお酒にやたらと詳しいおじさんがいますので、
いつか「さとびこお酒の会」をやってみたいんですけど!
感染防止対策をして、少人数なら、やれるでしょうか???
誰か、ご興味ある方、いらっしゃいます?

これまでご紹介した酒蔵のお酒や、その他の話題性あるお酒を
きき酒とか???
紙面の都合で載せきれなかった情報やエピソードを披露とか?
もしかして、とっておきのゲスト登場とか???

いつか開催できる運びとなりましたら
ぜひぜひお越しくださいね。 


  


  

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